AIとは何者か
ここぞとばかりにパソコン教育や特殊分野の紹介がブームとなり、ついに生成AIという、まだ正体のよくわからない人工知能までが自由に使えるようになった。
たとえば医学や将棋などの異業種で、人間よりも機械をパートナーにして業績をあげることが可能になった。
いや、AIを稽古相手にして天下を取るような中学生の天才棋士まで登場することになった。こうした新世界でどう生きて、何を学ぶかについて、わたしの体験を通してだけれども、あなたにヒントを与えたいと思う。
今や「シンギュラリティー」、すなわちAIが人間よりも賢くなる時期と予測される2030年が近づいたと大騒ぎする風潮があるが、わたしは心配していない。人間の叡智はまだデジタル化されない分野がいくらだってある。
「バカ」になることの叡智とメリット
AIといっても、機械が人間と同等の情報を扱えるようになったのは、ここ30年ほどにすぎない。しかし日本人の文化生活は縄文時代から数えると優に1万年を超えるし、だいいち文字もなかった時代にさえ高い文化があった。
こういうデジタル化できない人間内の心理的活動の蓄積は、やっとデータがすこし取れる段階に来た程度であり、ましてやセンスや感覚や観念といったものは情報を数値化する手段もわかっていない。データにできないデータが残されているのだ。
それに、「バカになること」のメリットや叡智は、まだ人間の独占物なのだ。バカで勝負するという方法もあることをお知らせしたいと思い、わたしは今回『すぐ役に立つものはすぐ役に立たなくなる』を書いた。
少し前には「老人力」というのもあった。これなど、老いることのないAIには理解不能かもしれない。
