物価が上がり、賃上げも始まった。停滞していた日本経済の復活を確かなものにするためには、何が必要か。河野龍太郎氏に聞いた。

【物価編】日本はデフレの脱却に成功 今後はインフレが定着

高齢者も女性も頭打ち 国中で人手が足りない

物価の上昇が続いています。4月の消費者物価指数(CPI)は、生鮮食料品を除いた数字で前年同月比+3.5%を記録しました。これは2023年1月以来の高い水準です。

どうして物価が上がっているのか。今後も物価上昇は続くのか。背景として押さえておきたいのは日本の雇用状況です。日本経済は気がついたらほぼ完全雇用になっていて、全国で人手不足が起きています。

完全雇用というと、需要が強くて需給が逼迫している状況を思い浮かべるかもしれません。ただ、日本の今の経済規模はコロナ禍の前からほとんど変わっていません。つまり需要が強くなって供給が追いつかなくなったのではなく、需要はさほど変わらないのに供給力が弱くなったことが原因で起きているわけです。

供給力が弱くなった直接のきっかけは働き方改革です。10年代の後半に過労死の問題が注目されて働き方改革が始まりました。具体的には、19年4月に労働基準法が改正されて残業規制が強化されました。最初は大企業のみでしたが、翌20年4月には日本の雇用の約7割を占める中小企業にも適用。供給力が制度的に制限されました。

本当ならここで労働需給が逼迫するはずでした。ただ20年4月はちょうどコロナが猛威をふるっていたタイミングで、影響はあらわれませんでした。

働き方改革の影響がはっきりと出始めたのは、コロナ禍が収束した23年春です。このころになるとコロナ期間に抑えられていた消費がリベンジ消費という形で戻ってきました。海外との行き来も制限がなくなり、訪日外国人が急増してインバウンド消費も復活しました。経済再開で需要が盛り上がってきたことで、すでに中小企業への適用が始まっていた残業規制の影響が顕在化。日本国中で人手が一気に不足し、完全雇用になっていった。需要はあるのに供給が足りない。結果として、物価の上昇が続いているのです。

念のために付け加えておくと、人手不足は急に始まったわけではありません。10年代には少子高齢化の影響で若年の労働力の減少は広がっており、それがずっと通奏低音のように鳴り響いていることがコロナ禍後の人手不足の根底にあります。

ただ、当時は高齢者の労働参加率が高まり若年労働の不足が補われた面があります。06年施行の改正高年齢者雇用安定法によって65歳までの雇用確保措置が義務づけられ、団塊の世代は前の世代と異なり60歳で引退しませんでした。12〜14年に65歳になっても人手不足を理由に働き続けたのです。

もう一つ、主婦を中心とした女性の労働参加率が高まったことも見逃せません。従来パートタイムで働く女性は少なくありませんでした。ただ、パートタイムとはいえ比較的長い時間の労働が中心で、ほんの数時間だけ働きたい人にはその機会がほとんどありませんでした。しかしスマホのアプリなどのイノベーションで細切れ時間でも働く機会が増加したことによって、女性の労働参加率が高まりました。

これらの要因で何とか労働供給の制約を回避できていたものの、高齢者と女性の労働参加にも限界があります。まず高齢者の労働参加がコロナ禍のころから頭打ちになりました。働ける人が皆すでに働くようになったことや、団塊の世代が70歳を超えたことが背景にあります。一方、女性の労働参加は進んでいるものの、追加的に出てくるのは短時間働く人ばかりです。たとえばフルタイムの労働者一人が抜けた穴を、3〜4人のスキマバイトで埋めると、労働者数は増えてもトータルの労働時間は増えません。こうして高齢者、女性ともに人手不足を補うほどの労働供給が難しくなってきました。