髪型で、「国家元首」へとイメージチェンジ

パリで流行した古代ローマ風の髪型を取り入れたことで、第一統領ナポレオンと、髪型の名前の由来となったティトゥスの父であり、ローマ共和政の初代統領ユニウス・ブルトゥスとの類似性を声高に叫ぶ、多くのナポレオン崇拝者が現れることになった。要するに、ナポレオンは髪型を変えたことで、「戦士」から「国家元首」へとイメージチェンジに成功したのである。

事実、1802年以来、戦場を描く絵画の中で、ナポレオンが武器を手に取ることはなくなっていく。戦闘シーンが消えたわけではないが、ナポレオンは常に平静を保ち、戦争の成り行きを見通し、何よりもまず兵士の命に気を配り、労わる国家元首として描かれた。もう少し後になると、被征服民に対しても寛大な態度を示す、「平和の使者」としてのナポレオン像もまた主題としてよく取り上げられるようになる。

アントワーヌ=ジャン・グロ『ヤッファでペスト患者を見舞うナポレオン』(1804年)
写真提供=パリ美術館
アントワーヌ=ジャン・グロ『ヤッファでペスト患者を見舞うナポレオン』(1804年)

いずれにしても、国家元首たるナポレオンはもはや兵士の先頭に立ち、命を賭して戦闘に飛び込むような危険を冒してはならなかったのである。こうして、ナポレオンの肖像画からかつてのダイナミズムは失われていった。