ラーメンの無限の可能性

2024年はイギリス以外にスペインにも行ったし、また、北里研究所病院糖尿病センター長の山田悟先生が提唱する「ロカボ」のラーメンづくりにも取り組み始めた。

2023年からは、鎌倉にあるNPO法人アルペなんみんセンターで、難民の方々にラーメンを振る舞うこともさせていただいている。ウクライナ、ミャンマー、ナイジェリアなど約10カ国の方が生活をしている施設だ。

紛争地域や飢餓に見舞われている場所に出向いて、ラーメンを食べたことがない方々に、本気でつくったラーメンを食べてもらえるようになりたい、とも思っている。どんな表情をしてくれるだろう、喜んでもらえたらうれしい、という素朴な気持ちからだ。

国内でも、これまで老人ホームには行っているが、親御さんのいないお子さんたちの施設などもある。こういうところにキッチンカーで伺って、ラーメンを食べてもらいたい。

極端なことを言えば、本店の営業は年に3カ月くらいにして、残りは、日本や世界でラーメンを振る舞う活動と勉強にあてる。そういうことがちゃんとできる力を身につけたい。

地元・湯河原の豆乳を使った冷やし麺は夏の名物になっている。
写真撮影=合田昌弘
地元・湯河原の豆乳を使った冷やし麺は夏の名物になっている。

店名変更を決意

その意味では、今後は東京のど真ん中でも勝負をする必要があると考えている。「飯田商店」のブランドをもっと強くしていかないと、困っている方々や寂しい思いをされている方々にラーメンを食べていただくこともできないからだ。

そのために、店名から「らぁ麺」を取る。店名を「飯田商店」にすることを決断した。

2010年に飯田商店を開店した際の店名は「らぁ麺屋 飯田商店」だった。次に「屋」はいらないなと思って「らぁ麺 飯田商店」にした。次は「らぁ麺」も取る。

それでも通用するようなレベルにならなくては、次のステップはない。飯田商店が生まれた湯河原をベースに、本物のラーメンをいかに広く伝えていけるか。もっとたくさんの方々にいかに喜んでいただけるようになれるか。

次の課題は明確だ。