予想外の回答に、驚きの表情を浮かべた

ところが田中は、とにかく数字を並べて、ドルがどう推移しているとかフランはいくらになっているとか、通貨発行高はどのていどになっているという具合に答えを返していく。そして自らの政策を語りつくす。

天皇は自ら要求した答えがあまりにも細部にわたって返ってくるのにとまどい、そして驚きの表情に変わっていく。田中と天皇の関係は、表現をいささか不謹慎にするなら、コミュニケーションの回路ができにくいといった状態であった。

1986年5月11日、仁徳天皇陵ご参拝の天皇陛下(大阪・堺市)
写真=時事通信フォト
1986年5月11日、仁徳天皇陵ご参拝の昭和天皇(大阪・堺市)

田中の前任者の佐藤栄作は、内奏好きで知られていた。8年近くも権力の座にあったわけだから、内奏の回数もふえて当然なのだが、その内奏の時間もしだいに拡大していった。一回の内奏時間は5分とか10分という段階から、その最終段階には3時間に及ぶほどになった。