七転び八起きの波瀾に富んだ遍歴

その後、地元のお金持ちから将来を見込まれた菊池は、養子縁組をして経済的な支援を受け、明治大学法学部に進学しましたが、わずか3カ月で退学。さらには、兵役を逃れるため早稲田大学に籍を置きつつ、第一高等学校(現・東京大学教養学部)を受験する準備をしたのですが、これが養子縁組をした地元の養父にばれて、縁組を解消されてしまいます。

しかし、実家の父親が、貧しい状況ながら借金をしてでも学費を送ると申し出てくれたことから、菊池は22歳にして第一高等学校第一部乙類に合格。ところが卒業間際になって、盗品と知らずにマントを質入れした通称「マント事件」によって退学処分となります。

すると、今度は京都帝国大学文学部英文科に入学。ところが、旧制高校卒の資格がないため、「本科」ではなく、規定の学課の一部のみを選んで学ぶ「選科」に進まざるを得ませんでした。