全力で頑張る嫁の夢を、全力で手伝う
一緒に暮らし始めて間もなく、会社員をしていたまさみさんが料理研究家の夢を叶えるために仕事を辞めて、専門学校に通い始める。まさるさんは待ってましたとばかり、料理や掃除を一手に引き受けた。夢にむかって一生懸命のまさみさんを手伝うことに理由はない。まさるさんは樺太の時にしみついた“家族一丸となる”が、つべこべ言わずに自然とできるのだ。
「『今の若い者はなってない』と言う大人が多いけれど、俺はそう思わない。自分をしっかり持っているし、目上の人に対して思いやりもある。年寄りは経験がある分、補佐に回ればいいんだ。そのほうが万事うまく行く」
その言葉通り、料理家研究家になる夢にむかうまさみさんの仕事の幅は広がり、忙しい日々を送ることになる。まさみさんが専門学校に通いだしてから8年目のこと、70歳のまさるさんに転機が訪れる。まさみさんに初めての書籍の仕事が舞い込み、アシスタントが足りずに困っていたところ、「俺がやろうか、って志願したんだよ」。
40代から台所に立っていたから、抵抗はない。年金生活者から舵をきり、料理アシスタントの道を歩み始めた。
自分のやりたい事に、年だからとか、初めてだからとか、男だからとか、そんなボーダーは引かない。すると、楽しそうに働くまさるさんの姿を見て、雑誌やテレビの関係者も黙ってはいなかった。息のピッタリ合う義父と嫁という関係性や、“まさる&まさみ”という名前も手伝って、運命の歯車が回り始める。
75歳の時に雑誌連載でつまみレシピを紹介し、78歳の時に自身初の料理本『まさるのつまみ』を、その後86歳までに単独で3冊の本を世に送り出した。まさみさんとの共著は数えきれないほどだ。
料理研究家は、料理を志す人には憧れの職業だが、なりたいと言って、なれるわけではない。しかも名をあげるのは狭き門だ。最後は料理のセンスと運がものを言う。
「インタビューで一度だけ、あまり褒めないまさみちゃんが『今の自分があるのはお義父さんのおかげ』って言ったことがあって、うれしかったな。俺のほうこそ、まさみちゃんのおかげだよ」