つまりポアンカレ予想とは

さてここまで、地球の表面という2次元の世界で考えてきました。ここからは3次元の宇宙に話を戻しましょう。

宇宙の形がざっくり丸いのか、丸くないのか、どうすれば確かめられるでしょうか?

ポアンカレは、宇宙でも同じように、地球にロープの一端を結び付け、もう一端を持って宇宙を飛び回ります。そして地球に戻ってきた後、ロープを一生懸命、回収します。これが常に回収できるならば、宇宙は丸いと結論できるはずだ! ……と考えたのです。

この考えは正しいでしょうか?

え? 「丸ければ回収できるのは当たり前だ」ですって? それはそのとおりです。しかしいま問題にしているのはその逆。「常に回収できるなら、丸い」が正しいかどうかです。

つまり、次のことが気になるのです。

「ロープを常に回収できるにもかかわらず、丸くない形」は存在するか?

ポアンカレは、そんな形は存在しないだろうと予想しました。それを数学的に書き直したものが、ポアンカレ予想なのです。

「決して近づいてはいけない難問」

ポアンカレがポアンカレ予想を提起したのは1904年のことでした。しかし、ポアンカレ自身は自分の予想が正しいか否か証明できないまま、この世を去りました。

ポアンカレのあとに続いた数学者たちにとっても、ポアンカレ予想は、人生をかけても解けない超難問として立ちはだかることになりました。

実はポアンカレは、ポアンカレ予想を示した論文の最後に、こんな予言を遺しています。

「この問題は我々をはるか遠くの世界へと連れて行くことになるだろう。」

ポアンカレ予想には、たくさんの数学者が魅了されていきました。しかし、その多くが人生を翻弄されていったといいます。

ポアンカレ予想の証明に長年悩み続けてきた数学者の一人、ジョン・ストーリングス博士は、後世の数学者への警告ともいえる論文を書きました。

タイトルは『どうすればポアンカレ予想の証明に失敗するか』。

「間違っているのは明らかなのに証明の中の欠陥に気づかない。原因は自信過剰や興奮状態あるいは過ちを犯すことへの恐怖で正常な思考が邪魔されることである。こうした落とし穴に陥らない方法を若い数学者が見つけてくれることを祈る。」

こうしてポアンカレ予想は、「決して近づいてはいけない難問」とも呼ばれるようになっていきました。

そんなポアンカレ予想に一矢報いる人物が現れました。「マジシャン」の異名をもつアメリカ人数学者ウィリアム・サーストン博士です。

彼が採用したのは、それまでとはまったく別のアプローチでした。