醤油跡地のため、総額8000万円を工面
2019年夏。37歳の畑本さんのもとにある重大なニュースが飛び込んでくる。創業150年のカネヰ醤油が、後継者不在を理由に事業譲渡を発表した、というのだ。
銭湯跡地の悪夢が脳裏に浮かび「すぐに押さえなければ」と、地元に愛着を持つ経営者数人を訪ね歩いた。「カネヰ醤油は残さなあかん」「はたもっちゃん、どうにかせい」と言われ、「それでは資金協力をお願いします」との申し入れに3人が承諾してくれた。
「よし、これで建物を残せる」
そう安堵してカネヰ醤油代表に購入の意志を伝えた。畑本さんの熱心さに「彼なら先代から受け継いだ歴史的建造物を確実に未来に残してくれるはず」と緑葉社で購入できる運びになった。しかし、その額諸費用込みで8000万円。問題はそれをどう具体的に工面するかだ。
市民出資の緑葉社では資金繰りは厳しい。さらに新型コロナの影響もあり、話が暗礁に乗り上げた。
その後、金融機関は「リスクが大きすぎて融資はできない」と認めなかったのだ。そこで、畑本さんは思い切って不動産開発を目的に据えた会社を新たに設立。地元企業3社からエンジェル出資3000万円を受け、残り5000万円は個人保証で銀行借入を起こして資金繰りをすることにした。
つまり"自腹"だ。畑本さんは、一世一代の“大博打”に出たのだ。「たつの城下町のランドマークを残さなければという使命感だけで突っ走りました」。
さらに勝負に出る。醤油蔵跡地を取得し「ゐの劇場」と名付けた舞台でアートイベントを、別に立ち上げていたNPO法人主体で企画決行。助成金などを利用した3000万円規模のイベントだったが、売上が伸びず600万円の赤字。事業化して利益を出すための作戦だったが、結果は大炎上だ。
「地獄でした……。焦りだけが先立って、頭が狂っていましたね。すでに緑葉社名義で3000万円、自分が代表や理事を務めるNPOや一般社団法人で6000万円、そこにさらに醤油蔵のための5000万円の個人保証での借入……。どう切り替えたらいいのかまったくわからない状態にまで陥り、資金繰りが悪化しました」
合計1億4000万円。こうなるとどうにもならない。やれることを一つひとつ片付けていくしかなかった。畑本さんは自ら主宰する複数の団体の事務所をすべて畳んで一本化。緑葉社で取得した不動産を、1軒1軒借り手を見つけて不良在庫は時間をかけて売却した。
スタッフもグループ全体で100人ほどいたが、最後には父、妻、畑本さんの3人が残った。当然、スタッフとの衝突は避けられなかった。「全部めちゃくちゃや」と畑本さんへの批判が大きく、その訴えはもっともだった。だが、それでも債務整理をするしかなかった。2021年から2022年の2年間は、眠れぬ夜が続いたという。
「僕の暴走のツケが当時のスタッフの皆さんにまで及んでしまったのは本当に心苦しく、今でも申し訳なく思っています。あの張りつめた状況下でも、たつの城下町を明日に繋いでいくためにと、残って活動を継続してくれている役員やスタッフもいまして、ただただ感謝の気持ちでいっぱいですね」