三条天皇が寵愛したのは姸子でなかった
このとき止めに入ったのは、三条天皇の女御で敦明の実母である娍子(朝倉あき)だった。この娍子については、同じ第41回の少し前の場面で、三条天皇が言及していた。
三条天皇は道長に「朕の願いをひとつ聞け」と命じて、こう続けた。「娍子を女御とする。姸子も女御とする」。対して道長は、「娍子様は亡き大納言の娘にすぎず、無位で後ろ盾もないゆえ、女御となさることはできませぬ。先例もございませぬ」と反論した。ところが三条天皇は聞き入れず、「娍子も姸子も女御だ」と道長に伝えて、立ち去った。
たしかに、姸子にも同情すべき点がある。三条天皇のこのセリフは、道長の娘の姸子だけを優先するつもりはないという宣言だが、史実においても、三条天皇はそのように行動した。というのも、娍子を寵愛していたからである。
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