頭のいい子を育てるにはどうしたらいいのか。早稲田大学系属早稲田実業学校初等部教諭の岸圭介さんは「まずは読解力を身につけることが大切だ。本をたくさん読ませるよりも、読書のあとの親の声かけが重要になる」という――。(第3回)

※本稿は、岸圭介『学力は「ごめんなさい」にあらわれる』(筑摩書房)の一部を再編集したものです。

本ごしに伺う男児
写真=iStock.com/XiXinXing
※写真はイメージです

「本好き=読解力が高い」とは言えない理由

「うちの子は読解力がなくて困っているのよ」と愚痴をこぼす親がいます。

実際に悩んでいる中・高生の方もいるかもしれません。こんな声には耳をふさぎたくなりますよね。続けて、決まり文句のようにこんなことばが続きます。

「……だって、ぜんぜん本を読まないから」

国語のテストで点数がとれないという壁にあたると、どうしても読書経験の問題に置きかえられることが多いものです。本を読む習慣がないことが原因で、読解力が低いという結果が生まれると判断するのは自然なことでしょう。

たしかに読書経験は大事です。家庭の蔵書数と子どもの読解力には相関関係があるとも言われています。

書物を通じて新たな知見を得たり、ことばを増やしたりすることもありますよね。実際に物知りで大人顔負けの知識をもっている子もいます。本好きの中には「得意科目は国語」と高らかに宣言をする人もいるでしょう。

でも、本好きが国語のテストでいつも高得点をとれるわけではありません。

「もっと本を読んだほうがいい」は助言になっていない

中・高生になると、テストで扱う文章も難しくなりますよね。低い点数をとってしまったときに、先生から「もっと本を読んだ方がいい」なんて声をかけてもらっても、まったく具体的なアドバイスにはなっていないと感じることでしょう。

原因は読書量の問題だけではないはずですよね。こうした単純化は、いかに人が「読む」という行為の実態をわかっていないかを示しています。

日本に生まれていれば、多くの人が日本語を不自由なく操ることができるでしょう。

しかし、国語のテスト問題は日本語で書いてあるにもかかわらず、全員が正解にはたどりつけるわけではありません。つまり、読めないのです。

これからテストに向けたテクニックの話をしようというわけではありません。

むしろ、テクニックという安易な話に耳を傾けるのではなく、「読むこと」の実態について考えたいのです。そのために、字が読めるようになったばかりの子どもに注目してみましょう。

子どもは声に出して読むことを好みます。「お父さん、ちゃんと聞いていてね」なんて言いながら、はりきって読んだ経験があるのではないでしょうか。誰かに認めてもらうことが、一つのモチベーションにもなるものです。