「振り向くようなひとじゃない」

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東北。緑はこの連載の取材で訪れ、高校生たちに会った地。赤は勝又さんと菅野さん、それぞれのホームタウン。

勝又「菅野くんが話し終わったら、孫さんがぼくを見たんですよ。菅野くんがしゃべっているときは、ずっと菅野くんを見ていて、しゃべり終わったら、パッとぼくのほうを見て。『あっ、これはぼくもしゃべんなきゃいけない』って思って、勇気出して自己紹介しました。ぼくはもともと中国生まれで、日本に来たのが小6で……って、その話をちょこっとだけして。孫さんに会えてほんとうに嬉しいです。アメリカに行けて、孫さんのお陰です。ありがとうございます。ほんとに緊張してるんですみませんとか、そういうことを言って、次の佐々木くんに(笑)」

そのとき、孫正義はどういう表情だったか。

勝又「表情はふつうの顔、笑顔とかぜんぜんなくて。『ああ、そうか、よかったね』って言われて。『で、次』みたいな(笑)。ぼくが中国で生まれてというところは、なにも反応がなかったです(笑)。それ狙いで言ったんで、反応してくれるかなと思ったんですけど、特に何も反応なくて。『そうか、そうか』って、ふつうの顔で」

佐々木さんや嶋田さんがどんな話をしたかは覚えていますか。

勝又「ぜんぜん記憶になくて(笑)。自分が話し終わって、ほっとして、聞いている状況じゃなかった」

4人の自己紹介が終わる。孫正義が話し始めた。Facebook の「TOMODACHI~」参加者グループに、菅野さんがその日のうちにメモを残している。

《孫さんは主に、ぼくたちがアメリカでの体験を糧に今後どう行動すべきかということについて話をしてくださったのですが、特に印象深かったのは以下の言葉です。

「今回のプログラムも含め、東北の支援にはほんとうにいろんな人が関わっているけれど、きみたちはわたしたちに恩返しをしようなんて考えなくていい。そんなことよりも、きみたちが自分たち自身の夢を叶えて、少しでも多くの人の役に立ち、社会に貢献する人となってくれることをわたしたちは望んでいる。アメリカに行って得た広い視野とか仲間とか、そういったものを大切にして頑張っていってほしい」》

孫正義は返さなくていいと言った。それを聞いて、菅野さんはどう思いましたか。

菅野「『ああ、これでいいんだ』って思えたことは大きいです。もし、そう言われなければ、いつまでも、ソフトバンクありがたいな、孫さんありがたいな——と、恩返しみたいな考えにちょっと縛られてたのかなと思うんです。そうではなく、ほんとうに自分がやりたいことに、この経験をフルに活かせばいいんだということを、すごく思いました」

勝又「孫さんは『あなたたちにお礼をさせに会ったわけじゃない』みたいなことを言ってて。ぼくたちがもっと勉強して、これから世界のトップの人になるような姿を見たい——という話をしていた。じっさい孫さんと話してわかったんですけど、孫さんは何かを返してもらうとかじゃなく、ただ単にぼくたちの成長を見たいんだ、と」

300人が日本を出発するとき、300人がバークレーに集まったとき、もし、孫正義が直接そこにいたとすると、300人は「アメリカに来させてくれてありがとう孫さん」って言いましたか。

勝又「うん、言いますね。言ったと思います」

孫正義は、それは期待していないということなんですね。

勝又「はい。アメリカでの経験を日本に持ってきて活かして、リーダーシップを発揮してほしい、と」

孫正義がそう言ったことで、ある意味、リリース(解放)してもらったような気持ちがありますか。

菅野「そうです。そうですね、あります」

300人の高校生を母校に送り込んだ孫正義は、最後にもう一仕事したのだ。そのとき孫は、どんな表情、どんな口調で話していたのか。

菅野「前に孫さんのプレゼンを見たことがあるんです。そのときは、すごい気合いの入った話し方だった。でも、ニュース番組で震災のことをしゃべっているのを見たときは、落ち着いたしゃべり方で、一言ひとこと考えて話しているかんじがあって。じっさいにお会いしたら、後者の——ニュース番組でしゃべっていたようなかんじでした。笑顔ではないです。孫さんは『ほんとうにきみたちには頑張ってほしい』ということを本気で言ってくれてるような」

勝又「あれ、けっこうふつうにしゃべるんだな、すごいゆっくりめなんだなって思いました。会ったら、ぜんぜんイメージと違ってました。すごい優しいお父さんみたいなかんじで、ゆっくり話してました。目線? 合わせます。孫さんは1人ずつに目線合わせて話す。孫さんの目の底、笑ってなかった気がします、あのとき。ぼくも、目線を合わせて話したほうがいいかなって思って話しました」

話し終わった菅野さんは、残り3人と話す孫正義を見ている。

菅野「印象深かったのが、嶋田くんが『ぼくは英那君と同じ学校に通ってるんですけど……』と言ってぼくを指さしたときなんです。ふつうのひとだったら『英那くんってだれ?』と、指さしたほうを見ると思うんですけど、孫さんはただ嶋田君をずっと見つめてて、ものすごい集中力というか、気迫が伝わってきた。ほんとうに目の前の嶋田くんだけを見て、すごいなと思いました」

孫の発言が終わる。高校生たちが旗を渡そうとする。

勝又「旗は折りたたんだ状態でぼくが持ってました。そこで堀田さんが『社長、バークレーで、みんなでメッセージを書きました』と、きっかけをつくってくれて。ぼくが旗を持って立ち上がって、4人で『旗をつくりました、どうぞ』って広げて、渡しました。立ち上がった孫さんがまず『ありがとう』って言って手を伸ばして旗に触って——」

孫正義と4人の高校生の間で旗が水平に広げられる。

勝又「有山さんだったかな、『写真を撮りましょう』って言って、そのときに孫さんが旗から手を放して、スーッとぼくらの横に並んだんです。写ったとおりの順番なんですよ。孫さんが端っこ。堀田さんが『社長、真ん中のほうがいいんじゃないですか?』って言ったら、孫さんが『だいじょうぶ』って(笑)。そのまま有山さんが首から下げて待ってたカメラでカシャカシャって何枚か撮って」

菅野「堀田さんが『真ん中がいいですよ、社長』って言ってたんですけど、孫さんが『いやいや、ここでいいんだよ』って。堀田さん、何回かそう言ったんですけど、孫さんは頑なにぼくの横にいました。孫さんがぼくの背中に手を置いて、そのまま写真を撮って。背中に手を当ててくれたのは、ほんとうに嬉しかった。で、撮り終わったあと、旗を畳んで手渡ししました。そのあと、みんなでひとりずつ握手して」

勝又「握手はお別れの前にひとりずつですね。握力は、強くはない。軽く握ったぐらいです。あったかかった」

握手が終わり、孫正義が部屋を出て行く。最後に振り向きましたか。

勝又「振り向いていないです。振り向くようなひとじゃないって、あのときぼくも思いました。話していて、それまでのイメージと違うとわかったんで。これは帰るときもすごいクールだろうなって。クールっていっても、冷たいわけじゃないですよ。淡々と? はい、そういうかんじです」

孫正義は高校生たちを解放し、高校生は最初の仕事をやり遂げた。孫は、高校生たちには振り向かなかったが、堀田さんのほうを向いて声をかけた。

菅野「ドアを出て、振り向いて堀田さんを呼んで、『今晩ルース大使とディナーがあるから、君もよかったら』って言って」

「TOMODACHI」は合州国駐日大使館と同国NPO「米日カウンシル」が主催している日米交流プログラム。ソフトバンクがスポンサードする「TOMODACHIサマー2012ソフトバンク・リーダーシップ・プログラム」は、そのなかのひとつ。ソフトバンク1社、孫正義ひとりの意向だけで決め得るものではない。4人の高校生と会ったその夜、孫正義が合州国ルース駐日大使と会食していることは大きな意味を持つ。

2月19日、ソフトバンクは以下のリリースを発表した。

■TOMODACHIイニシアチブとソフトバンクが「サマー2013 リーダーシップ・プログラム」を発表~東日本大震災で被災した100名の高校生がカリフォルニアでの研修に参加~| ソフトバンク株式会社

http://www.softbank.co.jp/ja/news/press/2013/20130219_01/

 (完)