解散する力がないと再選出馬も危うい

岸田文雄首相(自民党総裁)が8月14日午前、首相官邸で記者会見を開き、9月に予定される総裁選に出馬せず、退陣する考えを表明した。

自民党派閥の政治資金規正法違反事件を受け、自ら組織の長としての責任を取ることを当初から思い定め、心に期してきたなどと弁明したが、少しでも態度で示していれば、これほどの政治不信と支持率低迷を招かなかったのではないか。

首相は、表向きには「総裁選では、新生自民党を国民の前にしっかりと示すことが必要だ。自民党が変わることを示す、最も分かりやすい最初の一歩は、私が身を引くことだ」と語ったが、実際は2021年の前回総裁選で得た党内の支持基盤がどんどん失われ、今回の総裁選で再選できる見通しが立たなかったのが最大の理由だった。

岸田首相では、次期衆院選で自民、公明両党が大きく後退し、25年参院選では衆参ねじれを生じかねないとの観測が、退陣の決断を後押しもしただろう。

かねて「岸田首相も、9月の総裁選前に(衆院を)解散できるだけの力と技術が身に付かないようなら、再選出馬も危ういのではないか」と指摘してきたが、それを地で行く話となった。首相は、解散を見送らざるを得なかった通常国会の閉幕(6月23日)以降、総裁選不出馬の準備をしてきたのだろう。

首相は、政治とカネの問題、憲法改正などを例示しつつ、「政治家としてやりたかったこと、やるべきことを今一度しっかりと整理をし、方向性を示すことだけは総裁選から撤退するにあたってもしっかりと示していく、そういった政治家の意地はあった」と胸を張った。

そんな敗戦処理にではなく、通常国会会期中に意地を発揮することはできなかったのかと問いたいところだが、岸田首相による派閥解散に端を発する政権の統治機能不全は深刻で、望むべくもなかったのである。

衆院本会議に臨む自民党の麻生太郎副総裁(左)と菅義偉前首相=2024年2月1日、国会内
写真=時事通信フォト
衆院本会議に臨む自民党の麻生太郎副総裁(左)と菅義偉前首相=2024年2月1日、国会内

「引き算ばかりで、足し算がない」

首相はこの2か月、総裁選に向け、党内情報の収集・交換に努めてきた。首相に近い筋は7月中旬、「出馬するかどうか、本当に考えている」と語っていた。

最大の後ろ盾だった麻生太郎副総裁とは6月18日、25日の夜、サシで会食したが、再選支持を確約されないどころか、伝えられたのは「総裁選で勝てないかも知れない。1回目投票では誰も過半数を取れないだろう。決選投票に残ったとしても、『反岸田』票の方が上回りかねないのではないか」という厳しい見立てだった。首相はその後、麻生氏と7月25日、8月2日に党本部で会談したが、情報交換にとどまった。麻生氏が首相に引導を渡す場面もなかったという。

首相は、7月8日夜には森山裕総務会長、渡海紀三朗政調会長、小渕優子選挙対策委員長を密かに首相公邸に呼び、地方組織との車座対話などを通じた厳しい地方の声を聞く。3氏から再選出馬の決意を求められても、消極的姿勢に終始した、とも報じられた。

通常国会閉幕後も、側近の木原誠二自民党幹事長代理からは定期的に首相公邸で報告を受け、8月3日夕には林芳正官房長官と首相公邸で会談するなど、岸田派幹部らからも党内の情報が上ってきたが、「勝てるかどうか、票が読めない」というのが実情だった。

首相が前回総裁選で麻生派の河野太郎行政・規制改革相(当時)との決選投票で勝ち得た議員票249票は、安倍(細田)、麻生、茂木(竹下)、岸田の主流4派と一部無派閥の票の合計とほぼ重なり合う。

首相に近い岸田派幹部は「前回総裁選で岸田を推した人たちが次々に抜けている。茂木派、安倍派……。引き算ばかりで、足し算がない。麻生さんも分からない。麻生さんが河野(デジタル相)を推すこともあり得る」と分析していた。