9歳の伊藤沙莉は「近寄りがたいほどの天才子役」だった…21年後、朝ドラヒロインになっても変わらぬ“わきまえない魅力”(木俣 冬)

“朝ドラ”こと連続テレビ小説『虎に翼』(NHK)の人気は、伊藤沙莉の魅力に依るところが大きい。

彼女が演じているヒロイン寅子は、女性ではじめて裁判官になった三淵嘉子をモデルにした人物。決して周囲に媚びず、我道を行く信念の人で、上司にも言いたいことをぶちまける。法律では男女平等になったとはいえ、やっぱり男性が優位だった戦後、誰に遠慮することなく自分の意見を声に出す。

伊藤沙莉さん ©文藝春秋

判事となった寅子は、娘と実弟と義姉とふたりの甥と5人の食い扶持を稼ぎだし、まるで家長のような存在になった。家事は義姉に頼り、仕事でお酒の席に参加して帰宅が遅くなった上にお酒の匂いをさせていたり、やりきれないことがあると「あーーーー」と絶叫したりなど、こういう人が実際にそばにいたら、ちょっと苦手かもというところもあるにはある。

だが、今や朝ドラ名物になった、SNSでの視聴者による「#反省会」の俎上にたびたび上がってしまうような自由でワイルドな振る舞いは、伊藤沙莉だからぎりぎり許容できるのだ。「仕事行きたくなーい」と畳の上を転がりまくる伊藤の所作は見事だった。

彼女の好感度の理由

かつて、『ミステリと言う勿れ』(フジテレビ系 22年)で、伊藤が原作とはだいぶキャラ変をした役(風呂光さん)を演じていたときも、キャラが変わったことへの疑問はあれど、演じた伊藤までがネガティブな反応の海に溺れることは回避された。ともすれば、演じる役のイメージに自身の印象が影響されかねないところを、伊藤には、そうならないようにきっちり本人のキャラと役をしっかり切り分ける技量があるのだ。

朝ドラヒロインは、俳優が懸命に演じているという純度が優先になることが少なくない。そんな中で、高度な技量によって喜劇的な部分もきっちり演じられたのは藤山直美と安藤サクラと伊藤沙莉くらいであろう。

伊藤の好感度の理由のひとつは、ふだんから、『虎に翼』における「スンッ」にあたる澄ました顔をしていないことがある。俳優やタレントはどうしたって、芝居においても愛想を振りまくものだけれど、伊藤はそれほどニコニコ笑顔を振りまいているふうにも見えない。つねに自然体である。『虎に翼』の寅子もヒロインであるにもかかわらず、いつも眉間にシワを寄せている。こういう朝ドラヒロインはあまり見かけない。