念のために書いておくと、抗がん剤がいけないと言っているのではない。大部分の人は、すい臓がん用の抗がん剤を打って気分が悪くなることはあっても、それが原因で生死の境をさまようようなことはない。要は、抗がん剤が私には合わなかったのだ。

朦朧とする意識のなかで、なぜ私が入院・治療を選択したのか。正直言って、そのとき頭のなかにあったのは、「何がなんでも新著を完成させて、世に問いたい」という思いだけだった。新著とは、その後、『書いてはいけない』と題して出版され、ベストセラーになった書籍だ。

夏ごろに書き始めて、本来は、年内に脱稿する予定だった。ところが予定外のがん宣告を受け、検査が重なったことで、最後の1割、結論部分が書き終わっていなかった。

なんとかしようと考えたのだが、抗がん剤を打ってから思考能力が落ちていたので、頭のなかで文章化することさえできなかった。

弱った体を元気に蘇らせる新薬

そこにひとつの情報が飛び込んできた。弱った体を元気に蘇らせる新薬があるというのだ。保険診療の対象とはなっていない点滴薬だが、妻と私のマネージャーが、薬の担当者の話を聞いて、「信ぴょう性があるのでは」ということになった。残念ながら、薬を提供するクリニックのほうから「患者が殺到すると対応ができない」という理由で、新薬の名前を明らかにすることはできないのだが、私は可能性に賭けてみることにした。