「お店で売るのつまらない」
桜庭さんと同じ久慈高校2年生の関口ゆかり(せきぐち・ゆかり)さん。将来何屋になりたいですか。
「薬剤師です。薬局で働くのではなくて、研究員に」
国家資格である薬剤師の免許を手に入れるためには、大学の薬学部で6年制課程を修了しなければならない。
「そうなんです。親には、お金ごめんね、みたいな」
なぜ薬剤師になりたいと思ったんですか。かつ、病院や薬局で薬を売るほうではなく、研究職である理由は。
「志した理由は、ちょっと覚えてないんですよ(笑)。気づいたら薬剤師になりたくて仕方がなくて。で、わたし、お店で売るのつまらないなと思って。どうせだったら、すごく楽しいし、きっとやり甲斐があるだろうと思える研究員のほうがいいなと思って」
「お店で売るのつまらない」と考える理由を教えてください。
「すごく失礼な奴になりますが……他人がつくったものを有効活用するのは、とてもいいことなんですけど、それじゃなんか、だれでもできるかなって思いまして。加えて研究とか実験とか、地道にやっていく作業がすごく好きだからということもあります」
薬剤師になるためには、どういう進路になりますか。
「今のところ第1志望は慶應義塾大学の薬学部薬科学科です。けど、すごい勉強頑張らなきゃいけないよって言われてて。頑張ります」
ということは、久慈を、岩手を出るということは確定ですか。
「確定です。絶対に東北に残らない気なので」
それは「その勉強をしようと思ったら、たまたまそれが東京にあるので東北を出る」なのか、「とにかく東北を出るんだ」という考えが先にあってのことなのか。
「何ていいますかね、研究員の仕事ってふつうの大学からだと行けないんですよ。国公立大か、すごい有名なとこからじゃないと、そのあと(の進路)は”売る”人のほうになってしまうので。東北の学校で——ちょっと言い方失礼だけれど、あまり知られてない大学で研究員になって、そのままズルズルと”売る人”のほうになってしまうよりは、有名なところへ行って、自分のほんとうにやりたいことをやるほうに賭けてみようかなと思って」
取材時には第二志望も訊いた。答えは広島大学。取材後にメールで確認すると、長崎大学に変わっていた。いずれにせよ久慈からは遠い。
「もともと親から離れたいから、遠くに行きたいというのがいちばん大きい理由です。まずわたしの進路志望校の決め方が『薬剤師いいな→んじゃ薬学部探そうかな→そういえば私の一番上の姉は宮城県、二番目の姉は東京都に行ったな→それじゃ親から離れたいし、もっと遠く行こうかな〜→広島県いいかも(遠距離だから)→広島大学』という安直な考えなのです、お恥ずかしながら(笑)。もし慶應落ちたら、研究員になるのはすっぱり諦めて、"売る方"で。そうすればたぶん生活は困らないよって(進路指導で)言われたので。これは約束というか、父さんとこのあいだ話し合って。うちは親が地元の人じゃないんですよ。父さんは獣医なんですけど、出身は東京のほうで、お母さんがブラジル」
ブラジル?
「お祖父ちゃんたちがもともと四国にいたのが、ブラジルに移住して。ブラジルでりんご農家をやっていて『ふじ』をつくってます。お母さんはブラジルで生まれて、1990(平成2)年の6月に農業研修のために日本に来たんです。ぜんぜん久慈と関係ない日本人(笑)。ブラジルのお祖父ちゃんとこ、2回くらい行ったことあります」
なるほど、やはり久慈は港町だ。連載第31回目《http://president.jp/articles/-/8192》の気仙沼編でも書いたが、港町には東京とは違うかたちの、国際的な人の出入りがある。久慈もその例外ではなさそうだ。ぜひこれを訊いてみよう。関口さん自身だけでなく、関口家には土地に対するこだわりがない、と考えていいのでしょうか。
(明日に続く)