現役にこだわる調教師

たとえ復帰したとしても、走っている時に最も体重がかかる場所だけに、全力で走れば走るほど再発する可能性は高い。当然、卓越した能力を持つ馬ほど再発の不安が大きくなる。再発すれば一からやり直し。それだけに、種牡馬として大きな期待をかけられる競走馬ほど「屈腱炎イコール引退」というケースが多い。

発表翌日のスポーツ紙には「屈腱炎」「長期休養」と並んで「引退の危機」の大きな見出しが躍ったのは、そのためだ。

シンボリルドルフ以来の三冠馬であるナリタブライアンには、種牡馬として大きな価値がある。股関節炎を発症後はG1レースを勝てなかったが、阪神大賞典でマヤノトップガンとの一騎打ちを制したことで、後世まで語り継がれるであろう伝説も作ることができた。

重ねて言うが、屈腱炎が完治することはない。股関節炎から復帰後の戦績を見れば、長期にわたることが確実な休養後に復帰したとしても再びG1を勝てる見込みは低い。復帰を目指している間に種牡馬としての価値は下がっていく。種牡馬入りを望む声が大きい今こそが、種牡馬としての売り時であるのは明らかである。

大久保正陽がいくら現役続行に固執しても、周囲が引退へ向けて動き出すのは明白だった。それがいつ表面化するか――あとはそれだけだった。

発症から4カ月で引退宣言

ナリタブライアンは6月29日に函館競馬場に入った。温泉施設のあるここで患部の治療に努めるためだった。8月28日には生まれ故郷の早田牧場新冠支場へ移った。

最初に引退報道が出たのは9月19日だった。日刊スポーツが「引退決定」と報じた。他のスポーツ紙から真偽を聞かれた大久保正陽はこれを否定したが、オーナーの山路秀則が読売新聞の取材に認めた。それでも大久保は頑なに否定し、現役続行にこだわった。

大久保から引退が正式に発表されたのは10月10日だった。その前日には、国内産競走馬として史上最高額の20億7000万円のシンジケート(1株3450万円×60株)が組まれ、生産者の早田光一郎が経営するCBスタッドで種牡馬入りすることが決まっていた。

「まだ現役を続けてターフに復帰させたいという気持ちは残っているが、(故障や事故の可能性のある)危険なレースよりも今後のブライアンのためには種牡馬が一番の選択と考え、7日の四者会談で引退を決めた」

押し切られた格好の大久保正陽は、引退会見でそう言うのが精いっぱいだった。