「ハンカチ落としをしたらどう?」

これも10年ほど前のことですが、僕の合気道の弟子が、子どもたちのための合気道教室を開くことになりました。相手はまだ小さな子どもたちなので、飽きさせないように、いろいろな遊びをまじえて稽古をしたいと思うのだけれど、何かいい遊びはないかと訊いてきました。僕は少し考えて「ハンカチ落としをしたらどう?」とアドバイスしました。

もう最近ではあまりやる人がいませんが、ハンカチ落としというのは、子どもたちを内側に向いて円く座らせて、鬼が一人その外側を歩き、誰かの後ろにハンカチを落として、その子が気づかないうちに一周回ってタッチしたら、その子が負け。自分の後ろにハンカチが落とされたことに気づいた子どもが立って鬼を追いかけ、もとの場所に戻る前にタッチしたら鬼の負けという遊びです。

ハンカチは落としても音がしませんし、落とした後も、鬼は手の中にハンカチを握っている「ふり」をしていますから、自分の後ろにハンカチを落とされても、それについては視覚情報も聴覚情報も与えられません。でも、勘のよい子は、ハンカチが地面に落ちるより先に立ち上がって鬼を追い始めます。

木製のテーブル上のハンカチ
写真=iStock.com/Liudmila Chernetska
※写真はイメージです

鬼の心に兆した「一瞬の悪意」を感知している

この子はいったい何を感知していたのでしょう。たぶん鬼の心に兆した「一瞬の悪意」のようなものを感知しているのだと思います。「一瞬の悪意」が微細な足どりの変化、息づかいや体臭の変化として現れる。

これは小さな子どもが危険な環境を生き延びるためには、たいへん重要な能力だと思います。太古の時代に、人間たちの生活圏にはさまざまな危険がありました。異族や野獣と遭遇した時に、「戦って勝つ」という可能性は子どもにはまずありません。遭遇してから逃げ始めても間に合わない。

でも、危険なものに遭遇するよりはるか手前で「このままこの方に向かって歩き続けると『なんだか悪いこと』が起こりそうな感じがする」というアラートが鳴って、歩みを止めて、方向転換すれば、危険に遭遇しなくて済む。子どもに大人を倒せる戦闘能力やライオンに走り勝つ走力を求めるより、「悪いことが起きる予兆を感じる能力」を育てる方がはるかに効率的です。