この際、中国から撤退するか
【宋】今回の尖閣問題でもドイツ車・アウディの販売店が、「釣魚島は中国のもの、ドイツ車に乗り換えましょう」と横断幕を張って、セールスに励んでいた。
【富坂】ドイツは歴史的に見ると、ほんとに抜け目がないところがある。だって日独同盟の裏で、中国に軍事顧問団を派遣していたんだから。それはともかく、ドイツは商売がうまい。逆に言えば、やられるほうが悪い。ドイツを見習って、日本もそのぐらいしたたかにビジネスをしないと。日本の立場からすれば、チャイナプラスワンということも考えられると思いますが、どのような形になっていくのでしょうか。
【熊谷】チャイナプラスワンの動きは、ちょっとずつ底流で出てくると思う。日本人の認識が不十分だったというところもあるかもしれないが、今回の件で日本の経営者がリアリティを持ってチャイナリスクを意識した側面はあると思う。
それに加えて、中国では労働コストが上がっているという問題がある。タイは労働コストが北京の半分ぐらい。ミャンマーが約8分の1です。例えばミャンマーは識字率が92%と高いことに加え、労働コストの魅力が圧倒的だ。
ただし製造業と非製造業では状況がずいぶん異なる。製造業は他国に拠点が移るが非製造業の移転は大きくは進まないだろう。現在の中国は、例えば海外旅行ブームが起き始めた日本の70年代ぐらいの感じだと思う。このあと、日本の80年代のレジャーブームやスキーブームに似たことが起きていく。
遠くない将来に中国のバブルは崩壊する可能性が高いが、それが5年後なのか10年後なのかでビジネスチャンスの度合いが大きく違う。いずれにしても経営者の判断なのだが「虎穴に入らずんば虎児を得ず」という側面もあるだろう。
【宋】経済は政治と関係なく、常に経営者が自分で判断する。中国がたとえ日中友好と言ったって、人件費が上がったら進出できない。中国より少しでも条件がいいところがあったら、そちらに行く。逆に言うと、リスクがあっても、こんなに儲かるならば行ってみたくなるもので、バランスを考えて動くのが経済だ。
【富坂】私が北京大学に留学していたときの同級生には、銀行から派遣された人が多い。その人たちが子会社の中国の現地法人の社長をやっている。彼らがこの前帰ってきたときに、「中国で儲かっていない日本企業はすごく多い。しかし、撤退の決断が全然できないでいた」と話していた。自分が責任者のときに撤退すると無能だと思われるのを避けるためだという。そこで、「この際に撤退しよう」という流れを今回の騒動はつくったと思う。さらに労働者の賃金が上がったことで中国はこれから輸出主導型の製造業には厳しくなり、サービス産業への転換を図る必要に迫られる。楊外相まで、「経済の構造転換を支えるような外交をやります」と発言している。
上から下まで、オセロゲームのように変わっていくのが中国だ。中国は広い国なので、各地域によって転換すればいいだけなのに、中央がそうなると現地の書記の成績に関わるものだから、とにかくもう製造業はいらない。サービス産業をどれだけ誘致したかが自分の実績になる。そうなると現地の状況を考えない変化がバーッと起きる。日本にとってはなかなかやりにくい状況になると思う。その変化と、コストが上がっていくという2つの変化によって、かなり中国離れが加速してしまう気はする。ただ、チャイナプラスワンは00年頃から言われていますが、インドに行けるかというと、本格的な流れをつくるためには、中小企業が行かないと難しい。