「スパークメント」の中身に関して、テナントの新奇さも重要だが、それ以外にもインフラ部分の斬新さが求められた。百貨店の売り場というのは、伝統的に業務委託が主だが、これに百貨店サイドの自主運営、そして定借(期間を決めてテナントと契約する)などの多様な契約形態により成り立ち、ゾーニング上もしばしば分かれている。だが、ShinQsでは新たな試みとしてこれらの垣根を取り払い、多様な契約形態の店舗を混在させたという。また、最終の出店交渉こそ、従来の百貨店的な取引先を中心にしているバイヤーと、テナントに特化したテナント統括部が当たったものの、その選定には上記のような混合部隊で協議した。これは、従来型の縦割り手法では、今日の鋭い感性の消費者を満足させることができないからだ。宮本氏によると、「垣根を取り払ったうえで、とにかく入れたいテナントをチャネルに関係なく選ぼう」ということになったという。このような柔軟な姿勢が、魅力的なテナント・ミックスへと繋がったのである。
効率のいいパブリシティのやり方とは
ただし、契約形態が異なるテナントが一堂に会する商業集積では当然、問題も起こりやすい。ShinQsでは、例えば「朝礼」がその対象になった。朝礼は、百貨店では、当たり前のように各フロア単位で実施している習慣だ。だが、ショッピングセンター系のテナントではまずそのような「儀式」は行わない。しかしながら、1つの商業集積として同じ目的を全うしようとするなら、「どこかはやるけれども、どこかはやらない」ということでは士気に影響してしまう。そこで、「皆で朝礼をやりましょう」ということを伝える段になったのだが、この件はメールを1本送信しただけで、十分に伝わるものではない。フェース・ツー・フェースのコミュニケーションが必要になった。手間のかかる作業を経て、「今は、朝礼に関しても理解いただいていると思っています」と、宮本氏は淡々と語る。
渋谷ヒカリエは、かなり個性的なマーケティング・コミュニケーションを展開している。「ペイド・パブ」というコストをかけたパブリシティは、一部の雑誌で記事広告をやったことがあるだけだという。純粋なパブリシティでの告知に特化しているのだ。
情報発信に際して、東急電鉄広報部サイドで考えたことは、「渋谷を大人の街へ」と「渋谷を文化情報発信地に変えていく」ということだった。このような中身をわかりやすく、そしてインパクトを持って伝えるには、「トップマネジメントしかいない」ということになった。非常に興味深いことに、渋谷ヒカリエに関して行った3回の記者会見およびマスコミとの懇親会はすべて社長が直々に出席したという。鉄道業界では、トップが表に出て会見をするというのは、ほとんど例がないことだ。しかし野本社長は、前職がケーブルテレビのイッツ・コミュニケーションズの社長だったこともあって、メディアの持つパワーについて非常に深く認識していた。