肉体だけでなく、所有物まで含めてが「自己」
人間がモノに対してまで自己を延長して考えるということは、すでに19世紀の後半に哲学者で心理学者でもあったアメリカのウィリアム・ジェームズが次のように指摘している。
ある人間の自己というものは、彼のモノと呼ぶことができるすべての集合なのである。自身の身体や精神だけでなく、衣服や家、妻や子ども、祖先や友人、評判や仕事、彼の土地やヨットに銀行口座、これらすべてのモノがその人に同じ情動を与える。それらに益々磨きがかかれば意気揚々とするし、それらが目減りしたり無くなってしまうと、その人の気持ちも萎えてしまうのだ。
[James W.『The principle of psychology』NY: Henry Holt(1890)pp.291-292]
すなわち、自分の肉体と意識だけでなく、所有物や自分に関係があるモノすべてを含む、その人が影響を及ぼすコト・モノすべての総和が、自己なのだ。そして、意識していようといまいと、多くの人は所有物を拡張された自己の一部と感じる。
他者の本質(根幹をなす性質)も接触によってモノへ伝染すると考えるように、物理的な接触によって自身の本質も実際に所有物に染み込むと考える。このように自己の本質が所有物に染み込んでいると感じる心の働きは、モノに対する「愛着」の根底にあるように思われる。