中心化は滅びの予兆?

種族が似通ってきてしまうと滅びるのも早い。それをコロナ禍が教えてくれたはずだった。ダイバーシティ(多様性)こそが存続の条件であるのだ、と。

いいかえれば、「中心化」と呼ばれる脅威への警告を、私たちはすでに経験したはずだ。

実際、地球人口の半数以上がスマホを使うようになると、新製品や新サービスの情報はアッという間に伝わるから、他社にまねされるのも早く、新機能はみな似たようなものになってしまう。ちょうどスマホという商品自体が、長方形の姿で片面に液晶ディスプレーがあり、ちょっと見にはどこのメーカーの製品かわからないように、だ。クルマもヘッドライトにLEDを採用して以降、正面から見た顔がみな“つり目”で怒ったようなスタイリングに中心化してきた。

あなたがGoogleマップを見ながら運転すれば、推薦される道をみんなが選ぶだろうし、レストランを選ぶのに評価が高い店を選べば、みんなが集中して列をなすことになる。

スマホを頼りにし、AIの指示にしたがって行動する限り、人間がみな同じように生きるような流れになる。バラバラに行動しているつもりが、中央に寄ってきて「中心化」するというわけだ。世の中では「個性が大事」「多様性の尊重」「ダイバーシティを推進せよ」と掛け声だけはさんざん多様化を強調しているにもかかわらず。

オフィスで話をするグループ
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人間にしかないアナログな武器

このAIスマホ連合による中心化にあらがい、自分の人生を自分らしく個性的に生きるためには、個人にも武装が必要である。武装といっても、限りなく平和な武装だ。さっそく、そのための武器なるものについて見ていこう。

まずは、アナログのススメ。『ゴジラ-1.0』からの教訓として、アナログで戦うことが挙げられるだろう。

プロペラの戦闘機や、特撮の過程でスタッフがリアルに実物を左右に揺らすことがヒントになる。AI武装したロボットも続々と市場投入されていくだろうが、AIロボット時代が侵攻すればするほど、人間にしかできないアナログな動きの価値が高まる。

ビジネスシーンでも、高速で正解を出すような情報処理的な仕事は遅かれ早かれAIロボットに置き換わるだろう。工場の流れ作業やホワイトカラーのきれいな事務仕事だけでなく、医療分野での医者の診断業務や手術の大半も、弁護士の法律事務や行政の大半の文書業務も。

いっぽうで、ヒューマンケアに関わる介護、看護、保育、あるいは日本がリーディングインダストリーに育てなければならない観光業での接客の仕事などでは、「ほほ笑みがすてき」とか、「優しさがハンパない」とか、「その人がいるだけで癒やされる」というような、アナログな武器がクローズアップされるようになる。