台本はあくまでも「保険」のようなもの
たとえば、最初に書いてあるイルミネーションの項目。もし彼女が表参道の有名なイルミネーションを見に行っていて、そこでなにか出来事があったならその話をすればいい。あるいは、子供の頃のクリスマスの項目で、もし「ウチはなぜかツリーを飾らなかった」とか「お隣がツリーとイルミネーションのすごい個人宅で近所の名所。なので、それを見ていた」なんて経験があれば、その話をすればいい。
他にある項目はすべて無視してもいいのです。もっとも、そんなおあつらえむきの面白エピソードなんて、普通はありませんけど。○や*で、いろいろなことが書かれていますが、その全部に触れる必要はない。どれか二つか三つ喋れることがあれば、他は全部無視したっていいのです。
もっというと、クリスマスとはまったく関係なく、「最近こんなことがあった」「この話をぜひしたい」などということがあれば、その話をすればいい。人は、その時誰かに聞いてもらいたいことを話すのが、一番熱が入っていいのです。一般的にトークの進行台本というのは、なにも話すことがないケースを考えた最低限の「保険」みたいなもの。だからそこにはさまざまな、喋るための基本要素が入っています。
アイドルではない普通の人も使える手法だと思います。これは放送作家のための入門書ではありません。いま読んでいるあなたがクリスマスについてトークする場合、どういう進行メモを作るか? という風に置き換えて読んでいただければと思います。いえ、クリスマスに限らず、なにか他のことについても同じです。メモなんか作らず、頭の中で考えを整理する場合も同じです。
あえて「喋り言葉」では書かない
この台本例は、最初こそ、「もうすぐクリスマスですね」と喋り言葉になっていますが、そのあとは、
○子供の頃、クリスマスはとても楽しみなもの。
とそっけない書き方になっています。どうしてかというと、「街はイルミネーションがきれいですね」「子供の頃、クリスマスはとても楽しみでした」なんて喋り言葉で書いてしまうと、人はついそれを読んでしまうからです。
同じ内容を語るにしても、人それぞれに喋り方は違うはず。
「最近、街はイルミネーションがきれいじゃないですか」
「子供の頃はね、クリスマスがすごく楽しみだったんですよ」
などと自分なりの言い方で喋ってもらうため、あえてそっけなく書いているのです。○とか*などの記号が多く、( )で囲んだ部分があるのも同じ理由。キチンとした文章で書いてしまうと、喋る時どうしてもそれに寄っていき、原稿を読んでいるようなトークになってしまう。それが人間の心理です。
聞きたいのは本人の気持ちが入ったトークであって、用意された原稿を読む朗読ではないのです。