社会性と天才性は相反する

――田邉先生がこれまでに指導してきて、印象的だったお子さんはいますか?

【田邉】たくさんいますが、「いつも体験授業を抜け出す」というK君には、子どもと信頼関係を築くうえで大切なことを教わったと思っています。

当時小学1年生だったK君は、静岡から2時間かけて体験授業に来てくれました。K君の母親から「この子は体験授業に行くといつも逃げ出すんです、だから今日も逃げ出したらすみません」と最初に言われました。

K君は僕に会うなり、持っていたリュックから恐竜のフィギュアを出して「これは○○ザウルスです」と教えてくれました。もう一度リュックから何か出したと思ったら、それも恐竜のフィギュアで、また「これは△△ザウルスです、僕は恐竜が大好きで、家にあと130体ぐらいフィギュアがあります」と教えてくれました。その次にリュックから出てきたのはけん玉で、技を披露してくれたんです。

けん玉をする男の子
写真=iStock.com/Satoshi-K
※写真はイメージです

これは彼なりのあいさつなんだなと理解しました。彼の“あいさつ”を最後まで聞くと落ち着いたので、算数のプリントを渡すと、すぐに解き始めました。そのまま1時間ずっと集中して問題を解き、帰る時にはビシッと「ありがとうございました」と言ってくれました。

――ほかの塾は逃げ出していたけれども、今回は気に入ってくれたのですね。

【田邉】はい、「この人は僕におもしろい問題を出してくれる人だ」と思ったから、帰り際には丁寧にお礼を言ってくれたんだと思います。K君はその後、りんご塾に通いながら、小学1~3年生が対象の「算数オリンピック キッズBEE大会」に参加して、2年生のときに銅メダル、3年生のときに銀メダルを取りました。とても才能のあるお子さんです。

K君に限らず、算数が得意な子はいわゆる普通のあいさつが苦手な子が多いです。目を合わせるのが苦手で、あいさつをする意味がわからなかったり、「あいさつをしたら向こうも言ってくるんだろうな」と先を予測したりして、嫌になるみたいですね。

算数の問題が面白くて、熱中すると歌い出す子や、椅子の上に立って問題を解く子もいます。もちろん、ほとんどの子は「椅子に座って静かに問題を解くべきだ」ということは知っています。だけど、それをやる意味がわからなかったり、歌うことや立つことが抑えられなかったりするのでしょう。

塾は学校と違って勉強を教えることに特化した場所であり、社会性を身につけさせる場所ではないですから、それでよしとしています。

――でも、親としてはちゃんとあいさつできたり、静かにするように注意したくなってしまいます。

【田邉】そうですね、「うちの子はほかの子と違う」「様子がおかしい」と心配しているお母さんは多いです。

でも、そういうお子さんたちをたくさん指導してきて、社会性と天才性は相反するものだと感じています。常識的な行動を強制しすぎると、その子の才能や天才性が失われていくと思うので、りんご塾では自由にさせているのです。

それに、「塾に来たら礼儀正しくしなさい」なんて言われたら、やる気がなくなってしまいますしね。

社会性はあとからついてくる

――親御さんにはどのように伝えているのですか?

【田邉】親御さんには「あなたの子どもは天才なので、その才能をつぶさないように、初めは算数以外は捨ててください」と伝えています。どんなに非常識な子でも、高校生ぐらいになれば社会性が身について立派になるからです。

親御さんの中には「算数オリンピックでメダルを取らせたい」と言って子どもを連れてくる方がいらっしゃいます。算数オリンピックでメダルを取るということは、算数のスペシャリストを育てるということなんです。スペシャリストを育てたいと言っているのに、礼儀はちゃんとさせたい、他の教科もできるようにさせたい、水泳も、英会話も……となると、ゼネラリストが育ってしまいます。

ですから、才能がある子の親御さんには、「ゼネラリストに育てて才能をつぶすのはもったいないです」「この才能の芽を育てたら、将来社会に影響を与える発明が生まれるかもしれません」などとお伝えして、のびのびと才能を育てるようにしています。