障害認定されず支援が届きにくい
そもそも「境界知能」とはどういったものなのだろうか。
「知能指数(以下IQ)は85以上115未満が平均域とされる。自治体によっても違ってくるのですが、85未満で、70〜75以上の数値が、一般的に境界知能と言われます」(太田氏)
IQ70〜75未満が、『知的障害』を疑う数値となる。もちろん、この数値だけをもって障害の診断が下るわけではない。「知的機能に障害がある」「その障害が発達期(18歳まで)に起きている」「日常生活に支障が生じている」などを医師が総合的に判断して診断は下される。
知的障害と診断されれば、公的な支援を受けることができるのだが、数値が相対的に低くても、70〜75以上であれば、一般的に知的障害とはならず、公的支援の手が届きにくい。
「IQ検査で出た数値が知的障害の診断基準を満たさないけれども、全体からすると低めという方々を“境界知能”と表現するわけです。我が国では人口の14%程度が該当するとされています。検査をすることで、物事に対する処理の速さや適応力などが、相対的に低いということを数値として可視化することができる。そうした作業を通して、医療者、家族、ご本人が仕事や学びの環境などについて、どう組み立てれば、本人がより生きやすくなるのかを探っていくのです」(同前)
ただ、AAIDD(アメリカ知的障害者協会)が発行している知的障害のマニュアル(第12版)では、境界知能を「知的障害の診断基準を、技術的な理由から満たさなかった者達に対して、歴史的に使用されてきた時代遅れの用語」だとしており、本文中には一度も「境界知能」という言葉は使われていない(*1)。
(*1)知的障害概念についてのノート(2)~境界知能の現在~
娘の境界知能を気づけず涙した母親
太田氏が指摘しているように、知能指数は当事者の抱える問題を解決していく手がかりに過ぎない。ただ、実際には支援の手が行き届かず、悲しい事件に発展してしまうケースもある。
2019年11月、当時21歳の女性(以降Aさん)が就職活動のため上京した。その際、Aさんは羽田空港のトイレで女児を出産し、その後、産み落とした我が子の口にトイレットペーパーを詰め、首を絞めて殺害するという事件を起こし、後日逮捕された。
21年に懲役5年の判決となるのだが、公判前に行われた検査で、AさんのIQは74で、いわゆる境界知能と判断された。
ただ、Aさんの自宅がある神戸市も、事件を起こした東京都も、IQが50〜75の人は軽度知的障害として障害者手帳を取得することができる(*2)。たらればの話を仕方のないことではあるが、仮にこのAさんが生育過程で、知的な停滞があることがわかっていれば、公的な支援の手を握り返すことで、事件を回避することができたのかもしれない。
「もちろんこの線引きが絶対のものではなく、診断はIQ検査の数値を参考にしながら、専門の医師によって行われます。」(太田氏)
公判では、Aさんが小学生のころから授業についていけず、就職活動で企業に提出するエントリーシートの質問の意味を理解できずに空欄が目立ったことなどが明かされた。証人として出廷した母親は、そうした娘の状況に気づかず、幼い頃から叱責を繰り返したことを泣きながら証言したという。