ある程度のことはできるからこそ気づきにくい

知的障害と診断されれば、本人に対する障害者年金や、家族に対する扶養手当などを受け取ることができるし、就労継続支援の作業所などを利用することも可能だ。しかし、境界知能であればこの限りではない。

「それでも、まったく支援できないというわけでもありません。知的障害と診断されなくても、例えば、いろいろな作業のスピードが相対的に遅くて苦労しているのであれば、我々医師が『複数の作業を一度に進めるのではなく、一つひとつこなしていく』などの工夫を提案することもできるし、家族の方々に接し方のアドバイスをすることもできます。そうした工夫を重ねることで、ご本人の生活の質を高めることはできる」(太田氏)

しかし、周りが気づきにくいのも境界知能の難しいところだ。

「相対的な能力は低くても、身の回りのことは自分でできるし、勉強が不得意だったとしても、まるきり解らないわけではありません」(同前)

前述したAさんも、大学に通っていたし、アルバイトもこなしていた。

「うつだと思ったら境界知能だった」というケースも

厚労省は知的障害について「知的機能の障害が発達期(おおむね18歳まで)にあらわれ、日常生活に支障が生じているため、何らかの特別の援助を必要とする状態にあるもの」と定義している

例えば身の回りのことができない。学校に行けずに悩んでいる。仕事場でうまく対人関係を築くことができない。など「日常生活に支障が生じている」場合は、本人も周りも気づきやすい。ところが、境界知能の方々は、何かしら生きにくさを感じてはいるものの、日常生活に支障が生じるほどでもない。といったケースが散見されるという。

「実際、うつの症状を訴えて受診した方が、IQ検査を受けたことで、知的障害があったり、境界知能だと分かったりすることはよくあります」(太田氏)

問診中
写真=iStock.com/byryo
※写真はイメージです

本人も家族も、問題の原因が分からず、途方に暮れるだけで、次の一歩が踏み出せない。そうした時に、適正な検査を受けて、原因にたどり着くことは、決してマイナスではない。医師から境界知能であることが伝えられても、悲観することなく、問題解決のための次の一手を考えることもできる。

「もちろん、結果を聞いて落ち込む方もたくさんいらっしゃいます。ただ、前向きに捉えて生活の質を向上させる人も多い。そもそも、たとえIQが70未満であったり、境界知能であったりしても、本人に合った環境であれば、何ら問題なく過ごしている方はいくらでもいます。繰り返しますが、境界知能は、人間の全ての能力や質を表す言葉ではなく、支援のための手がかりでしかない。そんな言葉を使って、誰かを揶揄するべきではない」(同前)