※本稿は、髙宮敏郎『「考える力」を育てるためにSAPIXが大切にしていること 最難関校合格者数全国No.1 進学塾の教育理念』(総合法令出版)の一部を再編集したものです。
「社会性」をどう養うか
【髙宮】都市部では特に、マンションの隣室に誰が住んでいるかも分かりませんし、勝手に出入りできないよう何重にもセキュリティがかかっているので、近隣住民や地域でのつながりをつくりにくい時代になっていますね。
【柳沢】その通りです。そんな時代に生きる子どもにとって「社会性の育成」が叶う場は、いまや学校くらいしか残っていないということでもあるのです。「知育」の面だけでいえば、一番教え方が上手なのは、予備校や学習塾なのかもしれません。しかし、塾で過ごす時間には限りがありますから、「社会性の育成」までは期待できません。
そう考えると、生徒と教師の関係と、同年齢の生徒同士の「ヨコ」の関係、先輩と後輩の「タテ」の関係、その三つの関係性から、社会性を身につけることができる学校という場は、「社会性の育成」における絶好の環境といえるのです。年齢や属性の異なる人たちと、どう馴染んでいき、どう存在感を出せるか。それらを体験的に学ぶことが、学校に託された大きな役割になっていると考えています。
【髙宮】今や地域社会が失ってしまった役割を、学校が背負っているというわけですね。「タテ」や「ヨコ」の関係性でいうと、開成には、ボートレースの応援や部活動、運動会など「タテ」のつながりが目立つイベントや仕組みがたくさんありますね。
【柳沢】それは、「タテ」の関係性の構築こそ、最良の教育法だと考えているからです。新年度における開成の教員の最大の任務は、新1年生を部活動に参加させることです。その後は、良いことも悪いことも全て先輩が教えてくれます。教師一人では、クラスにいる数十人の面倒を見るといっても限界がありますが、その点、少し年上のロールモデルが近くにいる環境を与え、「自分もああなりたい」という先輩を見つけてさえくれれば、あとは放っておいても自然に成長するものです。
特に開成中学校は、それまで小学校で一番だった子どもたちが集まってくる学校です。そうすると、5月末の中間試験で「43人中42位」など、それまで見たことのない数字を目の当たりにすることになります。そこで意気消沈しないための仕掛けとして、部活動があり、運動会があるのです。
【髙宮】現在、学園長を務めていらっしゃる北鎌倉女子学園にも、そういう仕組みがあるのでしょうか?
【柳沢】実は、今の学校に赴任して一番印象的だったのが「タテ」の関係が弱いことでした。それを受けて、新しく「理系教科委員会」を発足させました。例えば、トップ校には、数学オリンピック出場を目的にしたクラブ活動がありますね。
それと同じように、数学系・理科系・情報系の検定に、学年を越えてチャレンジする団体をつくろうと考えたのです。数検ならば、1級から11級まで幅広いレベルが設定されており、自分の実力に合わせて挑戦できます。週2回、部活動のように集まって、問題を解いて、実力を上げていく。そこには学年の壁もカリキュラムの違いもありません。
といっても、ここでの目標は、級の取得を目指すことではなく、いろいろな学年の子どもが集まる場を設け、タテのつながりをつくることなのです。
【髙宮】鎌倉市の観光ガイドのボランティアにも積極的に取り組んでいるとお聞きしました。それも「社会性の育成」を意識したものですか?