また、田中さんは幼い頃から、着る服や持ち物、髪型まで、すべて母親に決められていた。

欲しい服や髪型の希望を母親に言うと、「あんたは可愛くないんだからダメ! お母さんの決めた服や髪型にしてたらいいの!」と一蹴された。

「小学校4年生くらいまで母が髪を切ってくれていたのですが、ある日、カットを失敗され、『あら、似合わないね~!』と笑われたのを覚えています。しばらく学校へ行くのが嫌で、『休みたい』と言ったのですが、有無を言わさず『行きなさい!』と怒鳴られて、取り付く島もありませんでした」

外出を嫌う母親は、「家族で出かけよう」というときでも、1人で留守番を選んだ。そのため、いつも外出は、父親と兄と3人で、日帰りで近場に行く程度。唯一記憶に残る家族4人の楽しかった思い出は、田中さんが5歳のときに、日帰りで温泉に行ったことだけだった。

「みったくない子」

体の成長が早かった田中さんは、小学校4年生で初潮を迎えた。最近は、子どもの第二次性徴が全体的に早くなったため、月経の授業を小学校4年生までに行う学校も増えているようだが、30~40年前の小学校では、多くが5年生時。当時全く知識がなかった田中さんは、誰にも言えず何日も悩み、ようやく意を決して母親に話す。すると母親は、「生理になったんだ~」と言っていやらしく笑う。田中さんはなぜ笑われたのかわからないうえに、気持ちの悪さを感じた。

その後母親は、自分が使っていた生理用ショーツとナプキンを田中さんに渡したが、母親のお古のショーツはすでによれよれで生地が傷んでいたため、何回か使うと穴が開いてしまった。それを母親に伝えると、「まだあるから買う必要ない」と言ってまた自分のお古を渡す。やっと田中さん専用の真新しい生理用ショーツを買ってもらえたのは、母親のショーツをすべてはきつぶした後、小学校5年生になってからだった。

「買ってもらえたと言っても、お金を渡され、他にいくらでも下着を売っているところはあるのに、『近所の洋品店に、1人で買いに行って来なさい!』と指定されたのです。その店の店員が男の人だったので、たまらなく恥ずかしかったのを今でも忘れません」

初潮を迎えた田中さんは、まもなく胸も出てきた。だが、生理用ショーツの一件もあり、母親に「ブラを買って」とは言えない。そんなときクラスの担任の教師が、成長が早い女子たちを集め、ブラジャーの必要性や第二次性徴のことをわかりやすく説明してくれた。その後、田中さんは個別に、「そろそろブラジャーを買ってもらったほうがいいかもね」と言われた。

それでも母親に相談できなかった田中さんは、何ヶ月かお小遣いを貯め、当時できたばかりのスーパーにある下着売り場の店員が女性であることを確認すると、そこでこっそりブラを買った。

しかし母親にバレるのは時間の問題だ。見慣れないブラをしている娘に気付いた母親は激怒。田中さんが、「担任の先生に言われた」と弁解すると、「余計なこと言って!」と教師の悪口を言いながらも、今度はすぐにお金を渡し、「洗い替えに1枚買ってきなさい! 柄がついているものや、不良みたいな色やデザインはダメだから! 真っ白な物を買ってきなさいね。スーパーの衣類コーナーは不良が着る服しかないからダメ! 生理用ショーツを買ったあの洋品店で買って来なさい!」と細かく指図した。

田中さんは成長するに従い、「うちのお母さんはみんなのお母さんと違うのではないか?」と感じ始めていた。