もともとはコウモリに寄生する虫だった
――そもそもトコジラミとはどのような生き物なのでしょうか?
【深津】トコジラミといいますが、シラミとは縁が遠く、実はカメムシに近い仲間です。日本語では南京虫、英語ではベッドバグとも呼ばれます。体長は5ミリ程度で、一度に平べったい体がパンパンに膨れあがるほどの血を吸います。
光を嫌うので、日中や明るい部屋では、ベッドや畳の隙間、柱の割れ目などに潜んでいます。部屋が暗くなるとひそかに隠れ家から出てきて、人間が寝ている間に吸血します。天井や壁、家具の隙間などに小さな黒いシミがあれば、それが「血糞」で、トコジラミがいる証拠です。
翅はなく飛ぶことはできず、人間の荷物や輸送される家具に取り付くことで、その分布を拡大します。
トコジラミは世界で100種以上が知られています。その多くがコウモリ類に寄生しています。ほかにニワトリ、ハト、ツバメなどの鳥類に寄生する種も知られています。
もっぱら人の血を吸うのは「トコジラミ」と「ネッタイトコジラミ」の2種です。
トコジラミが人の血を吸うようになったのは、大昔の人類が洞窟で暮らすようになったときに、コウモリから移ってきたのではという推測があります。しかし、本当のところはわかりません。
ともあれ、人類とトコジラミの付き合いは長いんですね。もともと日本には分布していませんでしたが、江戸時代に外国の船舶を経由して持ち込まれた可能性が高いといわれています。
2~3カ月絶食状態でも生き延びる
――シラミや蚊などの他の吸血性昆虫との違いはありますか?
【深津】例えば、シラミは宿主である人間や動物の体表にくっついて吸血しながら生活しています。そのため、宿主から引き離されて血が吸えないと数日で死んでしまいます。
一方、トコジラミは絶食に強く、吸血なしでも2~3カ月は生きていられます。これは洞窟内でコウモリに寄生していたからこその生態でしょう。洞窟を飛び立ったコウモリがすぐに戻ってくるとは限らない。だから長期間の空腹に耐えられるよう進化したと考えられます。
空き家になって何カ月も経っているのに、次の住民がトコジラミに刺される、といったことが起きてしまうのはそのためです。トコジラミの防除が難しい理由のひとつです。
シラミは宿主特異性が強い、つまり好き嫌いがあります。人なら人、豚なら豚と、特定の宿主にだけ寄生します。それに比べるとトコジラミは、より好みが比較的少ないといえるかもしれません。
私たちが研究に用いているのは、もともとは人に寄生するトコジラミですが、実験室ではウサギの血液で飼育しています。他の動物の血でもそれなりに生きていくことができるようです。ですから、もしも自宅でトコジラミが出た場合、飼っている犬や猫を吸血する可能性も否定できないでしょう。
かゆみのメカニズムは蚊などと同様に、吸血時に注入される唾液に対するアレルギー反応によって起きます。もっとも、トコジラミは最初に刺されたときはかゆくならないことが多いようです。継続的に繰り返し刺されると免疫反応が起こり、ものすごくかゆくなってきます。
私も一度、自分の腕からトコジラミに血を吸わせてみたことがありますが、まったくかゆくなりませんでした。かゆみの症状は、刺された経験や免疫反応の強さ、体質などの個人差が大きいといわれています。