原子力事故の損害賠償は原子力損害賠償法(原賠法)の下に行われる。法律は原子力事業者が賠償しきれない場合、政府が国会の議決を得たうえで「必要な援助」をする、としている。しかし天井知らずの賠償に対し、東京電力も、政府も、抑制的な行動を取っているように見える。
国の原子力損害賠償紛争審査会は、11年8月に「中間指針」を策定した。指針は、賠償範囲の外枠を定めたものではなく、最も手堅く見て、事故との間に相当因果関係が認められる損害を類型化したものにすぎない。だが、このような指針の性格を無視し、東電は明示されない対象には賠償しない姿勢さえ見せている。
たとえば「食品が放射能汚染を受けているかもしれない」というケースの慰謝料はどうか。結論からいえば、汚染度にもよるが、慰謝料の請求は容易ではない。
現在の指針で明示された損害対象のうち、慰謝料の性質をもつものは次の3つだ。
原発事故により避難を余儀なくされたための健康状態の悪化(指針第3-5)、避難等によって受ける精神的苦痛(第3-6)、復旧作業に従事した原発作業員、公務員、住民の急性または晩発性の放射線障害(第9)。
つまり、現在の指針では、避難や復旧作業に関わるものでなければ、慰謝料は認められない。いちはやく慰謝料に言及した点は評価できるが十分ではない。たとえば以下のような慰謝料は、今の指針では範囲外だ。避難地域に入れず行方不明者を捜索できなかった。放射線に体を貫かれて将来に不安を感じた。避難指示で家族にも等しいペットを置き去りにした……。
なかでも重要な問題のひとつが距離と時間を中心にした線引きだ。指針は、避難指示の範囲である30キロ圏内を中心に、損害賠償の範囲を考えている。これは、1999年に茨城県東海村でおきた「JCO臨界事故」での賠償基準を参考にしている。避難を強いられた350メートル圏内の住民などに対して約150億円が支払われた。だが、今回の汚染は、30キロ圏外にも広がっている。放射性物質が風や波に乗り、同心円状ではない地域に大量放出されている。だが、指針はこれを考慮せず、相変わらず距離と時間を中心に損害賠償の範囲を考えており現実的でない。さらに、情報提供の不足や一貫性のなさも視野に入れていない。