開始早々から井上が積極的に前へ出てくる。20秒も経たないうちに、右ボディー、左フックが伸びてきた。続けて右ストレート、左フック。井上の手数が多い。オマールはガードを固めて、ブロッキングで対応し、負けじと左ストレートを放った。
約150戦、プロアマ通して21年で初めてのダウン
その直後だった。井上の右のオーバーハンドが顔面に飛んできた。オマールはしっかりと反応し、両腕を上げた。しかし、井上の右はガードの内側に入り、おでこに被弾した。一瞬ふらつき一歩下がる。
「ブロックしようとしたら、思っていた軌道と違ったんだ。パンチが外側から来ると思ったら、角度が変わってガードの内側に入ってきた。フックの軌道がストレートに変わったような感じだった。おでこに違和感はあるけど、大きなダメージではないな、と思ったんだ」
その瞬間、再び右のオーバーハンドが来た。
「大丈夫、さっきと同じ右が来るな」
同じ軌道だと想定し、両腕を少し前に出して内側に絞った。よりブロックを強固にしたつもりだった。しかし、今度の軌道は直線的でガードの上からまともに浴びた。吹き飛ばされるように背中からキャンバスに崩れ落ちた。
プロアマ通じて21年、約150戦で生涯初めてのダウン。
開始からわずか30秒の出来事だった。
「井上の2度目の右は1発目と異なっていた。それを食らって足がガクガクした。本当に異様な感覚だったんだ」
8000人の観客は驚きのあまり、歓声ともどよめきとも判別のつかない、声にならない声を上げている。誰1人として想像できなかった。あの鉄壁のディフェンスを誇る不倒王者が開始30秒で倒されたのだ。
オマールはすぐに立ち上がった。
「まだ体が温まっていないときにパンチをもらったからダウンしたんだ。回復させよう。ここから試合が始まるんだ」
そう言い聞かせ、想定外の事態にも冷静だった。
「かするパンチでも1発1発、凄まじい威力を感じたんだ」
井上の動きは一つ一つが機敏だった。すぐに猛烈なアタックがくる。オマールは必死に避けようとする。頭をかがめたところに、井上の左フックが頭頂部をかすめた。オマールの体がころりと転がった。
「かするパンチでも1発1発、凄まじい威力を感じたんだ」
開始1分で2度目のダウン。
オマールは立ち上がり、「大丈夫だ」とセコンドに合図を送る。
ネストルもそのしぐさを受け取っていた。
「オマールは常に意識があった。ダウンをしてもコーナーとコミュニケーションを取って『あいつ強いよ、パンチ強いよ』と合図をしてくれたからね」