大谷の言葉に隠していたドジャースへの思い

会見で移籍決断の決め手を問われた大谷は言った。

「心に残っている言葉として、オーナーのマーク・ウォルターさんも含めて、ドジャースが経験してきたこの10年間を彼らはまったく成功ではない、ということはおっしゃられていたので、それだけ勝ちたいという意思がみんな強いんだなというのは、心に残ったかなと思います」

世界一の証“優勝リング”が「優先順位でいちばん上にある」とも言った。エンゼルス時代は1度も短期決戦の美酒を味わえず「もっともっと楽しい、ヒリヒリするような9月を過ごしたい」と本音を漏らした。

ウォルター氏率いるドジャースも「常勝軍団」のたしなみはまだもてていない。今季まで11年連続でポストシーズンに進出しながら、世界一の座をつかんだのはコロナ禍で60試合制に短縮された2020年の1度だけ。

戦力補強に出し惜しみをしない球団と、戦力向上に自ら後払いを申し出た選手との間で成立した「世紀の契約」。その結びを“勝利への渇望”とすればすんなりと収まる。が、大谷はこの契約の深淵に届くものを封印していた気がする――。

歴史に彩られた名門ドジャースには築き上げてきた理念がある。それは、球団の来歴に滲んだ、2つの出来事につながってくる。

ドジャースタジアム行きを示す看板
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勝利の前に「道義」を重んじる

今年1月、ドジャースは、女性への暴行疑惑が表面化しDV規定違反で長期出場停止処分を受けたトレバー・バウアー投手(32)の放出を決断した。

バウアー投手は、昨年12月に異議の申し立てによる調停で処分期間が324試合から194試合に短縮され、ただちに復帰が可能になっていた。

3年契約最終年の今季に2250万ドル(約30億4000万円)の契約を残していたが、球団はそのほとんどを負担する形で契約解除に踏み切った。

フロント首脳陣は、大きな損失を覚悟した決定の理由をこう述べている。

「すべての情報を吟味し、トレバー自身からも話を聞いて、放出という決断に至った。正しい判断だったと考えている。われわれの判断に、非常に満足している」

端的な理由には、人格者として知られるウォルター・オーナーの意思が色濃く映る。

ウォルター氏は金融分野での成功を土台にいくつもの慈善団体を立ち上げ、低所得の若者たちが苦しむ機会均等の格差をなくすための支援などのほか、キンブラ夫人とともに動物愛護活動にも熱心だ。

フロリダに1万7000エーカー(東京ドーム1472個分)の土地を購入し、絶滅危惧動物の保護区を設けている。ウォルター氏の価値観の基底には社会的公正がある。件の決断からは「道義にもとる」という人格者のメッセージを汲み出すことも可能だ。

30億円を“捨てる”堅靭けんじんな意思決定には、名門ドジャースの誇りを引き継ぐ覚悟もあったからではなかったか――ここに筆を伸ばしたい。