人前で話をするときは、明確な声と滑舌を心がける必要があります。どんなにいい内容でも、聞き取りにくい発声では相手の耳に届かず、意味がありません。発声と言葉はリンクしていて、発声の不明確な人は言うことも不明確です。そのため、相手が聞きやすい発声をする努力が必要です。その基本は、口をはっきり動かすことです。

発声とともに、正しい発音を意識して話すことも大切です。例えば、日本語のラ行の発音は、英語のRともLとも異なりますが、若い世代の歌を聴いていると、ラ行がLの発音になっていることが多いと感じます。Rは舌先がどこにも触らず、Lは舌先を上顎の歯の裏に押し当てる、どちらも日本語にはない発音です。正しいラ行は、上顎の歯の後ろの硬口蓋に舌先が軽く触れるように発音します。

もともと日本語というのは、顎も唇も表情筋もあまり動かさず、口先だけを使って話すことが多い言語です。そのため、外国語と比べて、声が遠くに届きにくい傾向があります。それだけに日頃から発声や発音にも意識を向けて、はっきりと声を出すよう心がけたいものです。

上手は下手の手本 下手は上手の手本

「離見の見」という世阿弥の言葉があります。自分の演技が客席のほうからどう見えるだろうかと常に意識していなければ、まともな演技者にはなれないことを表した言葉です。話し方に置き換えれば、「自分が今このように話したら、相手はそれをどう受け取るか」ということを意識せずに話す人は、言葉が洗練されず、説得力も生まれず、コミュニケーションもうまくいかないということです。話し上手になるためには、自分の言葉が相手にどう聞こえるかを、常に意識する必要があります。

川越日川神社の能舞台
写真=iStock.com/Yutaka Higuchi
客席からの自分はどう見えるか。それを意識しながら演技する重要性を世阿弥は説いた。

自分の話がどう聞こえているのかを客観的に確認するには、自分の話を録音してチェックしてみるといいでしょう。自分が話す声は、自分では頭蓋骨の中を通ってくる声しか聞くことができないので、相手にどう聞こえているのかは実はわかりません。そのため、録音した自分の声を聞いてみると、「これが自分の声?」と感じるほど自分の認識している声と違うことがわかります。それに、話しているときには気づかない、自分の話し方の癖にも気づくことができます。また、忌憚のない意見を言ってくれる人に話を聞いてもらい、感想を聞くのもいいでしょう。

話しっぱなしにせず、「離見の見」を意識して話し方を修正していくことが大事です。

世阿弥は「上手は下手の手本、下手は上手の手本」とも述べています。下手な人は上手な人を見て反省し、自分に足りない部分を見つけて改善する努力が求められます。一方で、上手な人が「自分は上手だから、下手な人は見るに及ばない」というのは慢心であると指摘します。上手な人は、常に「自分の芸には至らない部分があるのではないか」と謙虚な姿勢で他の人の芸を見て、弟子や若手の芸であっても「あの型はいいぞ」と思ったら、自分の中に取り入れようとする。その姿勢が大切だということです。話し上手になるためにも、全く同じことがいえます。

無理に背伸びをして、自分をよりよく見せようとしたり、相手を感心させてやろうといった邪念があると、相手に「知ったかぶりをしている」と見透かされてしまいます。相手を説得できるのは、等身大の自分から出てくる力です。昨日身につけたようなことをペラペラ話したところで、説得力は生まれません。10しか持っていないのに100持っているように見せようとするのではなく、100持っているものの中から10を出すようにする。それによって、話し方や話の内容が洗練されていくはずです。

(構成=増田忠英)
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