自宅療養中の女性が「迷惑をかけて申し訳ない」と自殺
新型コロナが広がって1年経った2021年初頭に、新型コロナに感染して入院したある男性は、「職場の同僚に感染させてしまったかもしれないと思うと申し訳なくて、入院中も気が気ではありませんでした」と語った。この男性は知人と会食した際に感染したとみられ、他の同席者も陽性になった。特に症状がなかったため会食後も出勤したので、同僚にうつした可能性があったのだ。この男性がコロナ病棟に入院しているときに、他の患者が自殺未遂を起こす事件があり、衝撃を受けたという。
2021年1月15日には、新型コロナに感染して自宅療養中だった東京都内在住の30代の女性が、「迷惑をかけて申し訳ない」という趣旨のメモを遺して自殺した。同年5月にも、福岡県在住の成人女性が、「勤務先でうつしてしまったのではないか」という趣旨のメモを遺してやはり自分で命を絶ったことが報じられた。
クラスターが起きると、会社名や学校名、飲食店名が報じられた
新型コロナに感染した後は、その症状の重さとは関係なく、うつになって気持ちの落ち込みがなかなか改善しない場合がある。中国の医師たちは2021年1月、新型コロナ感染者1617人の23%に当たる367人が、不安あるいはうつ状態に陥っていたと『ランセット』誌で報告している。日本で新型コロナ療養中に自殺した人たちも、うつ状態であった可能性もあるが、積極的疫学調査が彼らを追い詰め、自殺に追い込んだ可能性は否定できない。
何しろ、大規模な集団感染が起こると、保健所から県庁の記者クラブに、どこでクラスターが起こったのか、会社名や学校名、飲食店名などを書いたプレスリリースが出された。それが新聞、テレビなどのメディアで報じられ、その会社、学校、飲食店などには苦情が殺到し、インターネットで攻撃を受けるケースも後を絶たなかった。
積極的疫学調査は、国民の人権やプライバシーを侵害する世界的に例をみない強制隔離システムだった。結核などが蔓延した時代の古典的な感染症対策の悪しき遺物といえる。新型コロナが広がった当初、これだけデジタル化が進んだ時代に、保健所と医療機関や都道府県とのやりとりに主にファクスが使われていたことが話題を呼んだが、積極的疫学調査というシステム自体、時代遅れにも程がある。