「ものづくりの経営学」第一人者との出会い
著者の藤本隆宏さんは日本の経営学を代表する研究者にして「ものづくりの経営学」の泰斗。同業の僕にとっては、仰ぎ見る存在だ。
今回取り上げる『生産システムの進化論』のほかにも、藤本さんの研究と主張はいくつもの素晴らしい本として世に出ている。その一部をあげるだけでも、『日本のもの造り哲学』(日本経済新聞社)、『能力構築競争』(中公新書)、『ものづくり経営学』(光文社新書)、新しいところでは国際競争や円高・震災で追い込まれているかのように見える日本のものづくりの本質を現場主義の視点で論じた『ものづくりからの復活』(日本経済新聞社)、いずれもものづくりの経営に正面から取り組んだ、横綱相撲の傑作である。
藤本さんとの最初の出会いは、僕が大学院生のときだった。Kim Clark & Takahiro Fujimoto(1991)Product Development Performance, Harvard Business School Pressという本で藤本さんの存在を知った(以下、PDPと省略する。この本は後にダイヤモンド社から『製品開発力』というタイトルで翻訳が出版されている)。PDPは藤本さんの博士論文をベースにした本だ。はじめてお目にかかったとき、藤本さんはアメリカの大学院での研究生活を終えて帰国したばかりだったと思う。日本の自動車産業やトヨタに代表される日本の自動車メーカーが、日本のものづくりの競争力の象徴として世界中から注目されていた当時のことだ。自動車産業の製品開発を対象にした実証研究であるPDPも、当然のことながら大いに注目を集めた。
研究者の世界ではこういう共著の研究書を、著者の名前と出版年を並べて「クラーク・藤本(1991)」というように表現することが多い(たとえば、「クラーク・藤本1991、読んだ? ああいう方がアバナシー・アタバックみたいなマクロで概念的な研究よりも迫力があってイイよね」というように。ちなみに「アバナシー・アタバック」というのはAbernathy & Utterback(1978)"Patterns of Industrial Innovation." Technology Reviewという論文のこと)。周囲の人々がしきりに「クラーク・藤本」と言っていたので、僕ははじめクラーク藤本という日系人の学者なのかな、と勘違いしていた(ちなみにクラークさんは、ハーバードビジネススクールのオペレーション・マネジメントの大学者)。
PDPは企業の組織能力に注目して、自動車産業の製品開発パフォーマンスを左右する要因を国際比較の観点から分析した名著だ。「日本のものづくりのカギはすり合わせ能力だ」というのはよく聞く話だが、PDPはこうした議論の起点となった研究だ(ただしよく言われる「日本のものづくりはすり合わせ」という議論は、藤本さんの研究を発端にしているものの、本来の藤本さんの主張をわりと誤解していることが多い。これについてはまた後で触れる)。PDPを読んで感動して興奮した僕は、唐突に自分のつたない論文(これがいま思うと箸にも棒にも引っかからないどうしようもない代物)を藤本さんに送りつけて、「ぜひ読んでコメントしてください!」という迷惑な手紙を書いたものだ(ちなみに20代の僕は藤本さんを含めた周囲の影響もあり、技術開発や製品開発のマネジメントの研究がカッコイイとなぜか思い込んでいて、そういう分野で研究をしていた。ところが、やればやるほど調子が出ない。テーマの選択が実際はただの思い込みで、自分に向いていないということに気づくのに、その後10年近くかかった。で、憑き物が落ちた僕は競争戦略の方面へと徐々に方向転換したという成り行き。余談ですが)。