「暑い草原に棲んでいた」説は信じにくい
それでもなんとかして、「生物は環境に適応するように進化する」というネオダーウィニズムの文脈で説明しようとすると、ヒトのはだかは少なくとも過去のどこかの時点で「環境に適応的だった」という話にしなければなりません。
そこでネオダーウィニストたちは苦し紛れとしか思えないような奇妙な説を唱え始めたのです。
最も広く知られているのは「サバンナ適応説」でしょう。
これは、ごく初期のヒトは熱帯や亜熱帯の草原地帯に棲んでいたので、暑さの厳しい草原で走り回るには、発汗効率を上げて体温を下げなくてはならなかった、だからはだかのほうが適応的だった、というものです。
初期のヒトは草原というよりも森の中に棲んでいた可能性のほうが高い(最古の人類である700万年前のサヘラントロプスや600万年前のオロリンは森に棲んでいたと見られる)ので、この説の信憑性はそもそも怪しいのですが、動物学者の島泰三(1946-)は自著『はだかの起源 不適者は生きのびる』(講談社学術文庫)の中で、「サバンナ適応説」などあり得ないと痛烈に批判しています。
無毛動物が生き残れるのは外気温が安定した環境
島によれば、熱帯地方においては体重1t以下の無毛の陸上動物が体温調節するのはほぼ不可能に近く、発汗効率うんぬんで太刀打ちできるレベルの話ではないのだそうです。毛がないままで生存しようとすれば、外気温がかなり安定している場所に生息する以外に方法はありません。
その典型的な例が、「ハダカデバネズミ」です。そのユニークな名前が示すとおり、はだかで出っ歯という形質をもつ彼らは、外部の環境とは関係なく温度や湿度がほぼ一定に保たれる地中深くで生活することで自らの命を守っているのです。
アフリカの草原の陸上動物は、ゾウやカバ、サイなどの巨大動物を除けば、ほぼ例外なく豊かな体毛を有しているのは誰もが知る事実でしょう。だから仮にヒトがサバンナに棲んでいたとしても、はだかが適応的だったはずはない、と島は断じているのです。
ネオダーウィニストが唱える別の説には、初期のヒトは海中生活者だったという「アクア説」なるものもありますが、これについても島は、食性を含めたヒトの生態を完全に無視した「空想の世界」の説だと強く反論しています。また、海中生活が一時的なものだったとしても、というか、だったらなおさら、いざ陸に上がったときには毛皮がないと生きるのが難しいのですから、無毛が適応的だったとは到底考えられません。