「徴兵制=苦役」は世界の非常識
一方で、日本はどうだろうか。政府見解によれば、徴兵制は許容されないとされている。憲法上の根拠としては、意に反する苦役について定める第18条、幸福追求権について定める第13条が挙げられている。
だが、6年連続で幸福度世界一と日本人が賞賛し、憧れるフィンランドには、一貫して徴兵制が維持されてきたのである。では、フィンランド人は、苦役を強いられ、幸福を追求する権利を侵害されているとでも言うのか。
筆者の学部時代の恩師である北岡伸一東京大学名誉教授は、「世界の多くの国で、兵役は国民の神聖な義務だということになっている。日本で苦役なら、外国でも苦役のはずである。徴兵が苦役であるとは、世界の常識とかけ離れたとんでもない解釈であって、日本の憲法学のガラパゴス性を示す顕著な例である」と指摘している。日本人はこの現実をどう捉えるのだろうか。
徴兵制を採用するか、あるいは志願制を採用するかについては、それぞれの国が自由に選択しているという点が大切だ。判断基準としては、徴兵制復活に触れる中で述べたように、それぞれの国を取り巻く安全保障環境や置かれている社会情勢が挙げられる。フィンランド国防軍のウェブサイトでは、徴兵について、「フィンランドの選択」と明記されている。フィンランドの徴兵制は、他国による強制の結果では決してない。
徴兵制を維持するフィンランドから我々が学ぶべきは、国民自ら国家を守るべしという国防意識だ。ほとんどすべての国民が、基本的な銃の取り扱い方すら知らないというのが、日本の現状である。日本においても、徴兵制を直ちに導入するかどうかはさておき、タブー視することなく議論することが少なくとも必要だろう。
志願兵役に就く女性が増えている
さらに、フィンランドでは1995年から、女性に志願兵役が認められている。希望すれば女性も兵役に就くことができる。2022年には、過去最多となる1211人が参加した。ロシアによるウクライナ侵略以降、軍事訓練を受ける女性が増え、銃の使い方、キャンプの設営方法、応急処置の仕方などを学ぶ女性向けの講座では、順番待ちになっているという。
筆者は、フィンランドでの在外研究中に、軍服を着用した女性を日常風景の中で幾度となく見掛けた。女性兵士たちは、ヘルシンキに向かうフィンランド鉄道(VR)のインターシティ(特急列車)の車内で、ヘスバーガー(フィンランドのファストフード)を食べたり、ヘルシンキ市内の路上で、大きなリュックを担いだりしていた。
ただし、周辺の人々が特別な反応を示すということはなかった。筆者が目にした光景からは、軍事を女性が担うということがフィンランド社会にごく自然に受け入れられていることがわかった。
フィンランド国防軍は自らをフィンランド社会の背骨と称しているが、その背骨は多くの女性によって支えられている。こうしたことは、これまで日本では注目されてこなかったが、社会と軍事の関わり方についても、フィンランドには見習うべき点がたくさんある。