保険金の支払い条件はかなりハードルが高い

インターネットでは、血液検査で認知症が早期発見できる「MCIスクリーニング検査」を勧めている医療機関のサイトがヒットする。この検査によって「診断」がつけば保障が下りるかもしれないが、この検査費用は健康保険の利かない自費で、その相場は安くても2万円はかかるようだ。

保険のシートをチェック
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです

すなわち「診断」のための検査に2万円を払って診断がついても、受け取れる保険金はたったの5万円ということになる。専門医を探しまわったり、自費検査で診断をつけたりして、やっと5万円の保険金。それでも加入しようと思う人は果たしてどのくらいいるだろうか。

残りの保険金の支払い条件にも疑問符が付く。ある大手保険会社の商品では、「所定の認知症」の定義を「『認知症高齢者の日常生活自立度判定基準』がIII、IV、Mのいずれかと判定されている状態」としている。厚生労働省が定めている基準だが、これはかなりハードルが高い。

この基準におけるIIIとは「日常生活に支障を来たすような症状・行動や意思疎通の困難さがときどき見られ、介護を必要とする」もの、IVとはこれらの困難さが「頻繁に見られ、常に介護を必要とする」もの、さらにMは「著しい精神症状や問題行動あるいは重篤な身体疾患が見られ、専門医療を必要とする」もので、最も進行した状態のことである。

条件の軽さで加入すると負担ばかり増すことに

この商品は、この「所定の認知症」に該当し、かつ「公的介護保険制度の要介護1以上と認定されたとき」を保障の条件としているが、前者の条件に当てはまるような場合は、介護申請すればおそらく要介護1どころではない。

つまりこの広告を見て「要介護1で医師に認知症と言われれば保険金が下りる」などと、介護度の条件の軽さに目を奪われて加入してしまうと、せっかく保険料を払い込んでも、かなり重度の認知症とならないかぎり保険金が支払われず、負担ばかりが増えることにもなりかねないのだ。言葉は悪いが、日ごろ認知症の患者さんに携わっている私の目から見ると、これは釣り広告にも近いもので、たいへんな誤解を招く表現だと感じる。

このような「認知症保険」は売れているのだろうか。近所の保険無料相談窓口に”取材”をかけてみたところ、窓口の相談員は首を横に振った。「正直、売れているとは言ませんね。買われる人は70歳あたりの自営業者など、まだ現役で仕事をしている人が多い印象です。親の介護経験がある方などが、認知症で働けなくなったときのことを心配されているのかもしれません」とのことだった。

公益財団法人「生命保険文化センター」が公表している2021年度「生命保険に関する全国実態調査」によると、認知症保険の世帯加入率は6.6%で、現状ではけっして高くはないようだ。

民間保険で賄う社会は健全なのか

「5人に1人が認知症」になる時代とはいえ、自分がその1人になるかわからないだけでなく、さらに支払い条件を満たす状況になるのかは、かなり不透明だ。それに対してこれだけ高額の掛け捨て保険料を払い続けるメリットはあるのか。そもそも認知症になるまで、この保険料を払い続けていけるのか。個人的には、その余裕があるなら他に使途があるのではないかと思ってしまう。

そもそも高齢になれば、病気やけがなどで医療費がかかる場面は増えてくる。要介護状態ともなれば、自宅で過ごし続けることが困難となって施設に入るということもあるだろう。

ただ医療にも介護にも現在公的保険制度が存在している。それでもカバーしきれない部分について保険会社は「民間保険で賄いましょう」と商品を開発、販売しているのだろうが、果たしてそれは社会の仕組みとして健全なものと言えるだろうか。

私はそうは思わない。医療も介護も、超高齢社会となった昨今の日本において、ややもすると「お荷物」、無駄な出費とされがちであるが、それは大きな間違いだ。これらは、この国に生きるすべての人において当然に必要不可欠かつ最重要なインフラであって、けっして削られるべきものではない。