「サッカー選手にとって痛みなんて日常なんだ」
激戦になった。前半はスコアレスドローだ。後半8分にサンドロが得点しリードしたものの、25分に伊東輝悦が同点打。ホームのエスパルスは勢いづき、追いつかれたジェフに焦りが見え始めた32分、オシムはサンドロに替えて林を投入した。
「祈るような気持でした。試合終了まで何とか持ちこたえてくれ、と」
池田の祈りに応えるかのように、林は決勝ゴールを決めてみせた。
「痛み止めの注射をしてね。で、決勝ゴールを決めちゃったんです」
池田はまるで昨夜行われた試合を振り返るかのように、興奮気味に語った。どれほど嬉しかったのかが垣間見えるのと同時に、オシムから最終決定を任された「重さ」が伝わってきた。
「プロのサッカー選手がどこも痛みがなく出られる試合なんて、何試合あると思ってるんだ。サッカー選手にとって痛みなんて日常なんだ」
そう言って、オシムは選手時代の終盤はほとんどの試合で痛み止めの注射を打って出場していたと話してくれた。さらに、痛みのためにトレーニングをコントロールしたり、負荷を軽減して調整することも許さなかった。
「試合に使いたいからといって、練習をコントロールするのは絶対ダメだ。痛みがあってもトレーニングを優先させる選手しか出さない」
リスクを見極めてチャレンジするかを判断していた
実際に、痛みがあるからと練習を休む選手は起用しなかった。当時は週末にリーグ戦などがあったため、ほとんどの場合は水曜日に大学生などを相手に練習ゲームをやったが、その試合に出なければリーグ戦では起用しない。それは外国人であっても同じ条件だった。これは日本代表監督になった後も貫かれた。別調整の選手は使わないと断言して新聞記事になったが、ジェフの選手やスタッフは何を今さらという感覚だった。
当時痛みに関する考え方は「選手の痛みを全部取ってあげること」がメディカルの役目のように池田は感じていた。
「医者の立場からすると、けが持ちだったり痛みのある選手は試合に使わない。休ませるのが一番なんです。それが最もセフティ。そうすればリスクを回避できる。無理に試合に起用するのが一番のリスクなんです」
だが、オシムは違った。選手のリスクがどの程度なのかを客観的に判断して、そこをチャレンジするかどうか。痛みと共存させるリスクをとる。そこがメディカルの腕の見せどころだと教えてくれた。