一時は「事業仕分け」の対象になったスパコン「京」は、2011年6月、11月に世界最高速を記録して世界一に輝いた。今までのビジネスの常識を変えるとされる「スパコン」の最前線に迫る。

ブラジル国有石油公社も「スパコン」に期待

人口約2億人、経済規模世界第6位、BRICsの一角であるブラジルも富士通の高い技術力に目をつけた国の一つだ。

南半球最大でブラジルの石油発掘会社「ペトロブラス」(ブラジル国営石油公社)が行う洋上発掘作業。

南半球最大にして、1日の石油採掘量200万バレルを誇るブラジルの石油採掘会社「ペトロブラス」(ブラジル国営石油公社)。総資産1335億ドル(約10兆6800億円)、向こう5年間に行われる投資額は25兆円にも及ぶ。

中東、ロシアなど主要産油国をしのぐ勢いで成長を続ける、“知られざる”超巨大企業がペトロブラスである。ペトロブラスが富士通に強い関心を示す理由は明快だ。石油探索のシミュレーションを、スパコンによって、行いたいためである。

「ペトロブラス」が石油の探索をしているのはブラジル沖合いの深度3000メートルといった大深度で、一本の試掘で数十億円の費用がかかっている。石油探索は、良質な油田を掘り当てれば莫大な利益を生み出すが、成功しなければゼロの世界だ。スパコンがない時代は、技術者たちの経験と勘に頼る作業を行っていたが、スパコンを使うことで、探索の効率が格段に向上する。このようにスパコンなくして、もはや石油採掘会社の経営は成り立たない状況にまできているのである。

「石油探索のシミュレーションなどは、スパコンが使えるレベルです」

と山本正已社長は自信のほどを覗かせる。

こうした観点から見ると、サウジアラビアの場合、スパコンには、二重のビジネスが存在している。(1)石油枯渇後をにらんで、スパコンなどを活用した科学技術に支えられた産業政策の国をつくる(2)内陸地の油田に代わる、紅海などの深海底油田の探査に、スパコンを利用する。

高騰を続ける石油価格を背景に、世界最大の産油国、サウジアラビアの国際的な存在感は年々増している。しかし、00年に日の丸石油会社といわれたアラビア石油がサウジアラビアでの採掘権を失って以降、日本とサウジアラビアとの関係は、年々やせ細るばかりになっていた。日本は石油輸入量の約25%をサウジアラビアに頼っているにもかかわらずだ。

富士通社長
山本正已

1954年、山口県生まれ。76年九州大学工学部卒業、同年富士通入社、99年パーソナルビジネス本部モバイルPC事業部長、2005年経営執行役兼パーソナルビジネス本部長、08年経営執行役常務、09年執行役常務、10年1月執行役副社長などを経て10年4月より現職。

こうした状況の中である転機が訪れた。11年9月、枝野幸男経済産業相がサウジアラビアを訪問した際、サウジアラビア商工省直轄の工業用地公団(MODON)とMOU(覚書)を交わした。

サウジアラビア政府の日本に対する要求は明快だ。ポスト産油国を念頭に、科学技術の導入を図る。そのために巨大な工業団地(ダンマン)を造り、また山手線の内側より大きな団地(スデイル)を建設中だ。また、同国のアブドゥラ国王がポケットマネーから2兆円を出し、アブドゥラ科学技術大学を設立し、世界トップクラスの研究者を集めるなど、ポスト産油国への動きを活発化させている。

タイと同様、サウジアラビア政府が富士通にとっかかりとして求めているのは、工業団地内の環境を監視するシステム、環境を改善するシステムなどである。この“とっかかり”がミソで、政府は、サウジアラビアのテクノロジー化に、富士通がトコトン最後まで本気で付き合うかどうかを見極めようとしている。

山本社長も期待感を隠さない。

「スパコンに限らず、インフラを世界に売っていくという意味では、サウジのケースは試金石だと思っています」

世界一のスパコンが、サウジアラビアにおける新しいビジネスの扉を押し開こうとしている。