いま話題のAIチャットにたずねてみると…
私は、最近話題のAIチャットの一つであるMicrosoft Bingにこのことを聞いてみた。
するとこんな答えが返ってきた。
「選挙中にメディアが候補者のスキャンダルを報じることは、憲法で保障された表現の自由や報道の自由に基づいて許されると考えられます。
ただし、メディアは公正かつ中立な報道を行う責任がありますので、スキャンダルの内容や根拠が事実に基づいているかどうか、候補者に対して反論や訂正の機会を与えているかどうかなど、報道倫理に則っているかどうかを検証する必要があります。
また、有権者もメディアが報じるスキャンダルに惑わされず、自分の目で候補者の情報を確認し、自分の判断で投票することが大切だと思います」
わずかな時間でこれほど簡潔に要点をまとめられるのは、熟練した記者でもなかなかできないのではないか。
そのほかにも、その醜聞が公共の関心事であるのか、メディアが自らの偏見や利害に基づいたものでないか、その報道の背景に政治的な意図や圧力がないかがチェックされなくてはいけないと送信してきた。
選挙中は報じないという「慣例」はなぜ破られたのか
選挙中は、候補者たちの口あたりのいい公約は何度も聞かされるが、その候補者の生身の人間性を知ることはほとんどできない。
新聞、テレビは選挙中はもちろんのこと、立候補が決まった時点から、中立公正報道を振りかざし、候補者個々の人間性について報じるという思考をストップさせてしまう。
だが、有権者の多くは、その候補の人間的な生身の部分も知り、誰に投票するかの判断材料にしたいと考えているに違いない。
ましてや、黒岩氏は4期16年という長きにわたって知事を務めることになる。
私が週刊誌の現場にいた頃は、立候補予定者のスキャンダルを掴んだとしても、それを報じるのは公示の直前か、選挙が終わった後で、選挙中に候補者のスキャンダルを報じたという記憶は私にはない。
それは、選挙期間中では報じたことがまともに議論されないで「怪文書」扱いされてしまうのではないか。新聞、テレビは「中立公正」を旗印にしているから、後追いしないで無視されてしまうという危惧があったと思う。
その「慣例」を破ったのは、2016年の東京都知事選の時の週刊文春報道だったと記憶している。