テレビの天気予報コーナーなどでおなじみの、日本列島の上にかかる雲の様子を気象衛星ひまわりが捉えたモノクロ画像。それを自宅に居ながらにして受信できる装置が、一般に売りに出されていたのだ。

「世の中にこんないいものがあるんだと震えちゃって、さっそくメーカーからカタログを取り寄せたところ、気になるお値段がわかりました」

定価200万円なり。

「〈マジでか?〉と目を疑ったんですけど、一旦ほしくなっちゃったものですから、〈200万円出す価値があるんじゃないか〉とだんだん傾いていったんですよね(笑)」

夏のボーナスで買った「ひまわり画像受信機」

思案の末、購入を決断。メーカーに見積もりを依頼したところ、担当者が「個人の購入者はあなたが史上二人目です」とわざわざ接待の場を設け、さらに170万円への値引きまでしてくれた。それでも社会人2年生の身に賄えるはずもなく、夏のボーナスを全部つぎ込んだ上、親から数十万円借金して一括で支払った。

実家の屋根の上に直径1m超のパラボラアンテナを設置し、会社から帰宅すると彼は毎夜、受像機のブラウン管モニターに映る日本列島上の雲画像を眺めた。

「インターネットも普及していない時代で、普通ならテレビの天気予報の何十秒かしかひまわりの画像は見られない。それが自分の目の前で24時間好きな時に映せるっていうのがすごくうれしくて、翌日の仕事があるからちゃんと寝なきゃいけないんですけど、台風の季節なんかは夜中の2時、3時でもゴソゴソ起き出して、真っ暗な部屋の中で雲の動きを追ってました」

山口氏
撮影=プレジデントオンライン編集部
現在の職場では最新のあらゆる気象データにアクセスできるが、過去事象についてはインターネットより自宅の紙データの方がより迅速に、より詳細に情報を得られることが少なからずあるという。

今と比べれば解像度は粗く、衛星からの撮影頻度も1時間に一度(現在は2.5分に一度)ではあったが、それでも当時の彼には胸がワクワクする画像だった。

「170万円も出した価値はあった、いい買い物をしたなと。高校時代までの情熱がどんどん戻ってくるのを感じていました」

社会人2年目、転職を決意

入社2年目の11月初旬、山口氏は会社から名古屋への転勤の打診を受ける。

その瞬間、なぜか胸の内に〈今しかない〉という言葉が浮かんできたという。

「転勤後に私の後釜に誰かを補充したりはしないとのことでした。ということは、大阪本社の今の部署から自分の立場の人間が一人抜けても大丈夫なんだ、会社に迷惑をかけることはないなと。名古屋支社は少し困るかもしれませんが、せっかく気象予報士資格も取ったんだし、ここは一発勝負してみたい、自分の好きなことを仕事にする踏ん切りをつけるため、今辞めないとこのままズルズルいってしまうと思ったんです」