大事なのは好かれることではなく必要とされること

でも、「うちの馬には乗せん」から始まって、結果としてすべての馬を任せてくれたということは、先生が求める“松田博資厩舎の乗り方”をある程度のレベルでクリアし、その結果、信頼を得ることができたのだろうと僕は思っています。

これは、僕にとって紛れもない成功体験です。

松田先生に求めてもらうにはどうしたらいいのだろうと必死に考え、自分なりに答えを見つけ、それを実践し、最後には先生から誰よりも求めてもらえる騎手になれたのですから。

僕らジョッキーの仕事というのは、騎乗依頼をもらう、つまり必要とされないと成り立ちません。

競馬場を走る馬の脚
写真=iStock.com/quentinjlang
※写真はイメージです

当然、必要とされなくなれば、淘汰とうたされていく運命にあります。だからこそ、必要とされ続けることが何より大事で、そのためには、求められる技術と結果を提供し続けなければなりません。

逆に言えば、それらを高いレベルで提供し続ければ、どれだけ人間的に僕のことが嫌いでも、依頼せざるを得なくなるでしょう。

敵は多いけれど、そんなことはどうでもいい

もちろん、僕だって嫌われたいわけではありません。依頼する側とされる側、つまり、技術を求める側と提供する側は、それくらいシビアな関係ということです。

とはいえ、僕という人間には敵が多いのも確かです。競馬界にも、僕のことが嫌いな人間はたくさんいるでしょう。でも、それでいいと思っています。

僕自身、世の中すべての人と仲よくしたいとか、いい人だと思われたいとは一度も思ったことがありません。また人生を通して、万人に好かれることなんて、これっぽっちも求めてきませんでした。

どんなにいいことをしたって、それをよく思わない人間はいるし、どんなに好かれるための行動を取ったところで、それを嫌う人間は絶対にいます。

好かれようと頑張ったのに嫌われたとしたら、傷つくのは嫌われたくないと頑張った自分でしょう。

だから、みんなに好かれることが重要だとは捉えていないし、もっと言えば、そんなことはどうでもいいと思っています。

僕のことが嫌いだという人間が現れたら、「俺もだよ」で終わりです(笑)。