「世界基準からみても歴史的な大政治家だった」

ロシアでは、米国に抵抗してまで日露関係改善に動いた安倍氏への評価が高い。

親日的住民の多い極東ウラジオストクのネット・メディア「PortoFranko」は、回顧録を紹介しながら、「安倍氏が提案した8項目提案には、ウラジオストクの快適な環境整備も含まれていた」「2018年末が最も平和条約に近づいた」などと安倍氏の対露外交が不調に終わったことを惜しんだ。

新興ネットメディア「グローバル・アドベンチャー」は、「安倍氏はロシアとの善隣関係の重要性を理解した日本で2番目の政治家だ。最初の森喜朗元首相は個人的な関心によるものだったが、安倍氏は世界で起きているプロセスを認識した上で、ロシアを重視した。米国の政策により、日中が対峙たいじする事態を恐れたからだ」と書いた。

若手日本研究家のウラジーミル・ネリドフ・モスクワ国際関係大学准教授は、ロシア外交評議会のサイトで、「安倍氏は優秀な政治家が少ない日本だけでなく、世界基準からみても歴史的な大政治家だった。彼の業績には、成功もあれば失敗もあるが、日本が国益に基づく独立した政策を追求し、大国であり続けることを改めて示した。日露関係の将来は不透明ながら、安倍氏の政治的遺産は二国間関係発展に大きな影響を与えるだろう」と指摘した。

プーチン大統領も安倍氏の死後、「私はシンゾーと定期的に接触した。そこでは安倍氏の素晴らしい個人的、職業的資質が開花した。この素晴らしい人物の記憶は、すべての人の心に永遠に残る」とやや感傷的な弔電を昭恵夫人らに送った。ロシアが欧米から孤立する中で、11回の訪露、27回の首脳会談を重ねた安倍氏への評価は、ロシアで一段と高まっている。

岸田外交への不満や失望の裏返し

ロシアでの安倍氏賞賛は、岸田外交への不満や失望の裏返しでもある。岸田首相はロシア軍のウクライナ侵攻を「許されざる暴挙」「戦争犯罪」と糾弾し、G7(主要7カ国)と組んで対露制裁を進める一方、北方領土問題では従来の原則路線に戻りつつある。

岸田首相は今年2月8日の衆院予算委員会で、「4島の帰属問題を明らかにして平和条約を締結する」と従来の「4島」路線に戻る方針を示唆した。1年前の2月7日、「北方領土の日」の全国大会でのあいさつでは、「2018年以降の首脳間でのやりとりを引き継いで粘り強く交渉を進める」と述べたが、今年は「交渉前進」「引き継ぐ」といった表現はなかった。大会アピールでは、「不法占拠」を非難する表現が5年ぶりに復活した。

地元紙の北海道新聞は2月7日付の社説で、「首相は四島返還を目指す意思と、解決への道筋を示さなくてはならない」とし、「毅然きぜんたる4島返還方針」を採用するよう求めた。ロシアの野蛮なウクライナ侵略戦争を受けて、「4島返還」へ回帰するのは、国民感情として当然だろう。

安倍氏は2018年11月の首脳会談で「2島決着」による交渉妥結へ舵を切ったが、日本外務省関係者は、「ロシアがウクライナ侵攻のような重大な国際法違反行為を行った以上、それまでの交渉はチャラになる。シンガポール合意は文書化されたわけではなく、日本側は安倍発言に束縛されない」とし、「2島」を封印する意向を示した。