※本稿は、松本孝夫『障害者支援員もやもや日記』(三五館シンシャ)の一部を再編集したものです。
午後10時半に突然訪問してきた利用者
遊軍勤務(*1)の小林君が午後8時に帰り、利用者たちはそれぞれ自室に入って、私は事務室で日報を書いていた。午後10時半ごろ、玄関のチャイムが鳴った。こんな時間に誰だろう、とドアを開けると、そこには自室にいるはずのミッキーさんが立っていた。手にはコンビニのレジ袋をぶら下げている。ミッキーさんこと三木陽介さんは20代前半、統合失調症(*2)と診断されている。
身長180センチ、体重80キロと大柄で、目がギョロリとしているので迫力がある。買い物をしてきたのか。しかし、お金はどうしたのだろう? 私はミッキーさんに尋ねた。
「お菓子、買ってきたの? 見せて」
うなずき、素直に見せてくれる。ミッキーさんは会話でのコミュニケーションはほとんどできない。レジ袋の中には、チョコレート菓子が2箱にポテトチップスが1袋。
「お釣りはある?」
彼はポケットから小銭とレシートを取り出した。
「もう遅いから明日食べよう。それまで事務室で預かっておくね。さあ、トイレに行ってから寝るんだよ」
うなずいて部屋に入ってくれた。私は一件落着と胸をなでおろした。事務室に戻ってレシートを見るとコーラも買っている。店で飲んでいるのだ。それにしても、彼はお金を持っていない(*3)はずだ。
(*1)利用者に対応する職員は2階に1人、1階に1人が基本だが、朝は朝食と利用者の送り出し、夕刻は夕食の支度があり、仕事量が手にあまるので遊軍職員が1人加わって3人体制になる。朝は7時から9時半まで、夕刻は午後3時半から8時までの勤務となっていた。
(*2)幻覚や妄想といった精神病症状、意欲の低下や感情が出にくくなるなどの機能低下、認知機能の低下などを主症状とする精神疾患。成長期から青年期にかけて発症する。日本での患者数は約80万人とされ、世界各国の報告でも100人に1人弱がかかるとされる。
(*3)お金を所持していいかどうかは、利用者の状況に応じて決められる。「ホームももとせ」では10人いる利用者のうち、お金の所持が認められていなかったのは、ミッキーさんとヒコさんの2人だけだった。