2人の出会い、インタビュー、パパラッチとの戦いまで

2人が王室を離れたのは2020年1月。2年以上の年月がたち、2児の父親になったハリー王子とメーガン妃が、今もなお王室批判を執拗に繰り返しているのはなぜなのだろう。

その「解」を求めて、Netflixの『ハリー&メーガン』をすべて見てみた。

2人のインタビューを中心に、友人たちの談話やプライベートフィルム、写真をふんだんに使ったドキュメンタリーである。

メーガンと知り合ったハリー王子は、アフリカのボツワナへ彼女を誘った。猛獣たちがそこここにいる大草原で、テント暮らしをして愛を深めていった。彼女がアフリカ系黒人の母親を持っているからではなかった。ハリー王子は以前からアフリカが好きだったようだ。

秘められた愛は友人たちに見守られながら順調に育っていった。誰かがメディアにリークするまでは。その日からパパラッチはメーガンを四六時中追い回し、ごみ箱を漁ったり口座の動きを探ったり、友人たちのところへ押しかけ、「全英国メディアがトロント(カナダ・メーガンが住んでいたところ)に押しかけてきたみたい」(メーガン)

イギリスの売店に並ぶ新聞各紙
写真=iStock.com/Lisa-Blue
※写真はイメージです

大衆紙は「おとぎ話」づくりに執拗にこだわった

離婚してメーガンと住んでいた母親は最初、「乳母」と思われていたという。メーガンは白人だと思われることが多かったようだが、貧しい育ちの混血女性が王妃になるかもしれないという「おとぎ話」づくりに、大衆紙は執拗しつようにこだわった。

子供の頃から人種差別に敏感で、ボランティア活動にも熱心だったメーガンは、ハリー王子とともに“人種差別的な報道”に対して声明を発表する。

英国に住む黒人の割合は全国民の3.5%だが、ジャーナリズムには約0.2%しかいないという。メディアは白人の産業で、新聞の見出しをつける人たちもほぼ白人。人種差別の行き過ぎの是非も白人が決めるから、差別報道はなくならない。

特に、それが女性で黒人の場合は格好の獲物になるという。彼女の声明にメディア側はひるむことがなかった。

メーガン妃は、「トロントの自由な生活から、ハリーと婚約したことで暗転した」と語っている。

しかし、メディアとの攻防はまだ序の口だった。差別問題と向き合うのは、正式に婚約・結婚してからだった。

メーガン妃は「2人なら世界に挑める」と思っていたという。彼女が王室に入れば、黒人への見方が変わると、英国の黒人たちは熱烈に彼女を歓迎した。だが、この当時はEU離脱が大きな問題になり、移民をアフリカに返せなどと主張する保守主義が台頭してきていた。