40年住み続けた場所なのに、知人はいなかった

錦江荘からほど近くに、飲食店や日用品店、銭湯などが建ち並ぶ杭瀬くいせ商店街があり、出口には県道を挟んで市場がある。この一帯は、女性にとってもっとも身近な生活圏だったと考えるのが自然だろう。

探偵は、遺品のアルバムにあった本人の写真を痩せさせ、年齢相応にシワを増やした合成写真を作成し、大家に見せて生前の女性に似ているという確証を得たうえで、写真を使って地域を聞き込みして回った。

女性は同じアパートに40年近く住み続けていたわけで、行きつけの店や顔なじみが少しぐらいあると期待するのが普通だが、そうした例は1件も出てこなかったという。唯一、居酒屋の常連客が「3年前、近くの長洲公園でよく見かけた」と曖昧な証言をしただけで、公園周辺を聞き込みしても裏取りはできなかったようだ。

なお、遺品には商店街の美容室のショップカードが1枚残されていた。店側は、女性が一度飛び込みで来た覚えはあるものの、「当店は要予約です」と伝えたらそのまま立ち去ったという。女性は何を思って突然、美容室へ赴いたのだろう。それまで、そしてそれからはどこで髪を切っていたのか。または散髪目的だけでなく、急に誰かと話したくなったのか。彼女が美容室を諦めて去って行く姿を想像すると、どことなく胸が痛んだ。

さらに謎に包まれた「タナカリュウジ」

女性の生活歴に関しては、尼崎駅前の眼鏡店などでのレシートが数枚見つかっているものの、日付は1980〜90年代で、なぜか近年のものはほとんどなかった。唯一、新しかったのは2015年12月9日、駅前の家電量販店「エディオン」でシャープ製のカラーテレビを購入した明細で、名前は「タナカリュウジ」となっている。

また、エディオンや眼鏡店からのはがきや、ガスや電気の請求書の類もいくつかあった。ほとんどの宛名は「田中千津子」となっていたが、「タナカチズコ」「タナカリュウジ」に加え、「田中竜二」と記されたものもあった。エディオンの宛名や産経新聞の購読申込書は「田中竜二」名である。一方、自筆したと思われる賃貸借契約書の名前は「田中竜次」だ。もし夫婦だとしたら、音が同じとはいえ夫の名の漢字を間違えることなどあるのだろうか。

探偵は購入履歴のあった駅前の眼鏡店にも足を運んだが、会員番号から2009年10月が最後の来店だとわかった程度だったという。