あんなに熱狂してもスポーツ自体に興味はない
「そ……それはオリンピックによってスポーツの魅力に気づく日本人が多いからだろ」と反論をする人も多いだろうが、それは事実とはかなり異なる。
NHK放送文化研究所の「人々にとっては“東京五輪・パラ”とは何だったのか〜『東京オリンピック・パラリンピックに関する世論調査』より〜」によれば、大会後に「スポーツへの関心が高まった」と回答した人の割合は46%と半数にも満たない。さらに、「競技場でスポーツ観戦したくなった」は24%、「スポーツ中継が見たくなった」も21%という衝撃的な結果が出ている。
つまり、あれほどオリンピックで大騒ぎをした後でも「8割の日本人」はスポーツ観戦やスポーツ中継に興味がわかなかったというわけだ。ということは、オリンピックで盛り上がっていた時も、実は「スポーツ」などそっちのけだったという人もかなりいたということでもある。
では、なんであんなに「メダル」に大騒ぎをしていたのかというと、「日本人が世界からどう見られるのか」ということの方に熱狂していたのではないか。
自信を持つのは自由、ただリスペクトは忘れずに
もちろん、すべての日本人がそうだったなどと言っているわけではない。オリンピックが大好きで、国や人種を問わずに純粋に競技を楽しんでいた人も多くいただろう。
ただ、先ほどの戦前の「日本スゴイ」報道を見ても分かるように、日本人は昔から国際的なスポーツ大会を、「日本人の優秀さ」を世界に知らしめる場所だと思い込んできた。
だから、負けると選手を執拗に叩いてしまう。「日本人の優秀さ」を世界に知らしめることができなかったので、その悔しさ、承認欲求が満たされないストレスを選手に八つ当たりしてしまうのだ。
勝てば「日本万歳」、負ければ「戦犯探し」というのもスポーツの醍醐味だという意見もあろうが、こんなにも感情的になってしまうのは、やはり「日本人の優秀さ」に酔いしれたいだけの「にわかファン」だからではないか。スポーツ自体への興味がないにしても、せめて選手へのリスペクトだけはしっかりと持っていただきたいものだ。