運転の仕方を忘れているのではなく、神経伝達速度が低下している

手続き記憶とは、自分の中の無意識な潜在記憶のことで、一度身についたら忘れることはありません。いわゆる“体が覚えている”というやつです。

私たちは困難な作業や新しい課題を行なっているとき、それに対応しようと脳は活発に活動します。そして、同じ作業を繰り返すうちに、効率のよい作業の方法を脳が蓄積します。こうした蓄積が十数年も続くことで、その道のエキスパートと呼ばれるようになっていきます。

例えば、伝統芸能の師匠や熟練した職人は、高齢でも専門性の高い作業を繰り返し行なっています。これはいままでに経験したことが現在の行動に影響を与える、熟達化によるもの。高齢になっても、これまでに蓄積された経験があるため、専門知識に素早くアクセスして利用する力が低下していないことを示しています。車の運転でいえば、タクシーの運転手なども十分な経験による熟達化を仕事に生かしているといえるでしょう。

高齢さんの交通事故は、車の運転を忘れるというような記憶に関することよりも、多くは加齢とともに認知能力の分配や瞬時の判断速度が低下していることが原因です。また、最近の研究では、脳の白質病変によって神経伝達速度の低下が起き、交差点などでの突発的な場面に瞬時に反応することが遅れると考えられています(本人も周囲も自覚のないことが多く、また、認知能力も正常なことが多い)。

認知症の記憶喪失
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年を取ると情報処理のスピードが落ちてきて、一定の時間で処理できる情報の量が減ってしまいます。そのため、さまざまな情報処理を同時進行で行わなければならない運転では、歩行者に気を配ったり、ほかの車に注意を向けたりする余裕がなくなり、交通事故につながってしまうのです。

高齢運転者による死亡事故でもっとも多い原因が「操作不適」

警察庁の「令和元年における交通死亡事故の発生状況等について」の統計によると、2019年に発生した75歳以上の高齢運転者による死亡事故は358件で、その原因に一番多いのが「操作不適(ハンドルの操作不適、ブレーキとアクセルの踏み間違いを含む)」の30%。2番目に多いのが「安全不確認」と「内在的前方不注意(漫然運転等)」でそれぞれ19%。「外在的前方不注意(脇見等)」が10%、「判断の誤り」が7%の順になっていました。

この結果から、一番多い「操作不適」は、ハンドル操作やブレーキとアクセルの踏み間違いによるもので、75歳以上になると認知能力の分配や瞬時の判断速度が低下していることがわかります。