1975年以降、合計特殊出生率は2を下回り続けている

図表1は人口動態統計により1950年以降の日本の合計特殊出生率の推移を描いています。1950年に3.65だった合計特殊出生率は急激に下がっていきますが、1974年までは2を上回る水準を維持していました(1966年は丙午ひのえうまと呼ばれる年で、この年だけは1.58という水準になっています。次の丙午は2026年になります)。

【図表1】日本の合計特殊出生率の推移
日本の合計特殊出生率の推移 出所=『大都市はどうやってできるのか

1975年以降は2を下回る水準になり、以降一度も2を上回っていません。2019年の合計特殊出生率は1.36になっています。図表2を見てみましょう。この図は、厚生労働省の人口動態統計、総務省統計局の「国勢調査報告」および「人口推計」をもとに2019年の都道府県の人口を横軸に、合計特殊出生率を縦軸に描いたものです。各点が都道府県の人口と合計特殊出生率の組み合わせを表しています。

【図表2】都道府県の人口と出生率(2019年)
都道府県の人口と出生率(2019年) 出所=『大都市はどうやってできるのか

最も右側にある点が東京都であり、東京都の合計特殊出生率は1.15で全国最小になっています。また、最も合計特殊出生率が高いのは、沖縄県であり、その数字は1.82になっています。東京都との違いは実に0.67になります。

点線は回帰直線で、簡単に言うと、点がどのような傾向で散らばっているのかを表しています。点線が右下がりになっているということは、人口の多い都道府県になるほど合計特殊出生率が低くなることを意味しています。つまり、東京一極集中のように人口が多い都道府県に人口が集中すると、少子化が確かに進むことを意味しているのです。

多くの消費財を生み出したスマートフォン

このような合計特殊出生率の低下はなぜ起こったのでしょうか。本稿では、経済成長によって増加した消費財と、大都市における少子化の関係性について考えてみましょう。

経済成長によって、人々が消費できる財の種類は、大きく増えました。1975年生まれの筆者が子供の頃、パソコンは一般的な家庭ではほとんど見ませんでした。もちろん、インターネットも電子メールも使われておらず、新聞や雑誌、そしてテレビで社会の情報を収集し、離れた人と連絡を取り合う手段は電話と手紙が中心でした。ビデオの普及も進んでおらず(現在ではVHSのようなカセットテープはすでに使われなくなり、テレビに内蔵されたハードディスクによって録画がされるようになっています。まさに隔世の感があります)、携帯電話が一般的に使われるようになったのは、20歳を超えてからです。

Windows95の開発と普及により、インターネットと電子メールが普及し、情報収集の手段がインターネットに、連絡を取り合う手段の中心は電子メールになりました。iPhoneが登場してスマートフォンを使えるようになったのは30歳を超えてからです。スマートフォンの登場は、移動しながら手軽に携帯できる電話が増えただけではなく、さまざまな機能を消費することを可能にしました。

スマートフォンによってどこでもゲームができますし、動画を見ることもできます。スマートフォンは持ち運べる正確な地図にもなりますし、わからないことを検索もできます。これら全てが消費財であると考えると、スマートフォンという一つの物の登場は多くの消費財を生み出したことになります。

わずか40年余りの間に、これまではこの世に存在しなかった多くの消費財が登場してきたのです。